3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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チリのサケ(おかわり)

(前の記事の補足みたいなものを書いていたらもうハフポストに続報が出て、しかも参考文献がかぶってた。。。)

チリ産サーモンは、抗生物質のスープの海で泳いでいる!?~過剰使用が世界規模で健康を脅かす可能性
http://www.huffingtonpost.jp/konomi-kikuchi/chile-salmon-antibiotics_b_10314356.html

 サケ養殖一般に、病気や寄生虫の拡散、野生種との交配による遺伝子汚染などの問題があることは広く知られている。
Hatcheries and endangered salmon
Myers et al., Science 303:1980 (2004)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15044790

Undermining Science
Shulman, University of California Press (2006)

沈黙の海
ロヴィーン 新評論 (2009)

 チリで養殖されているサケはチリにおいては外来種であり、ケージから逃げ出した個体の野生化が引き起こす問題などがある。外来サケの増加に伴う在来魚種の減少、寄生虫や病気の拡散、外来サケの野性化と定着などの問題が論じられており、また逃げ出したサケの所有権を巡って社会的な問題が起きていることも指摘されている。
Escaped farmed salmon and trout in Chile: Incidence, impacts, and the need for an ecosystem view
Sepúlveda et al., Aquacult Environ Interact 4: 273 (2013)
http://www.int-res.com/articles/aei2013/4/q004p273.pdf

 チヌークサーモンは定着に成功しており(Ciancio et al, 2005; Di Prinzio et al, 2015)、外来サケの捕食による在来魚の減少も確認されている(Arismendi et al, 2009)。
Natural colonization and establishment of a chinook salmon Oncorhynchus tshawytscha, population in the Santa Cruz River, an Atlantic basin of Patagonia
Ciancio et al., Environmental Biology of Fishes 74: 219 (2005)
http://link.springer.com/article/10.1007%2Fs10641-005-0208-1

Disentangling the contributions of ocean ranching and net-pen aquaculture in the successful establishment of Chinook salmon in a Patagonian basin
Di Prinzio et al., Environmental Biology of Fishes 98: 1987 (2015)
http://link.springer.com/article/10.1007/s10641-015-0418-0

Aquaculture, non-native salmonid invasions and associated declines of native fishes in Northern Patagonian lakes
Arismendi et al., Freshwater Biology 54: 1135 (2009)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2427.2008.02157.x/abstract

 Buschmannらはチリのサケ養殖の概説の中で、産業の急速拡大により規制が時代遅れのものとなっていること、養殖場の環境影響評価法の不備、薬剤使用の実態の不透明性、研究の不足などの問題点を挙げている。また抗生物質の使用量についてもノルウェーと比較して桁違いに多いことを指摘し、生態系などへの影響を懸念している。
Salmon aquaculture and coastal ecosystem health in Chile: Analysis of regulations, environmental impacts and bioremediation systems
Buschmann et al., Ocean & Coastal Management 52: 243 (2009)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0964569109000350
157-1.png
 チリのサケ養殖会社は複数あり、報道によると薬剤の使用量も会社ごとに違うようだが、日本のスーパーマーケットで目にするチリ産サーモンに養殖会社まで明記されている物があるのだろうか(少なくとも私の近所では単に「チリ産 養殖」としか表記されていない)。
Chile's embattled salmon industry up antibiotic use in 2015: Government
http://www.channelnewsasia.com/news/world/chile-s-embattled-salmon/2863512.html

Among large seafood companies, Australis Seafoods reported the most intense use of antibiotics, using 1,062 grams per tonne of fish. Cermaq, owned by Japan's Mitsubishi Corp , reported the lightest use, with 391 grams per tonne.


 抗生物質を懸念する声にも科学的根拠はある。Forttらによるスペイン語の論文だが、英語のアブストラクトがあるので問題の要点は理解できる。
Residuos de tetraciclina y quinilona en peces silvestres en una zona costera donde se desarrolla la acuicultura del salmón en Chile
Fortt et al., Rev Chil Infectol 24: 14 (1997)
http://www.scielo.cl/pdf/rci/v24n1/art02.pdf

Residues of tetracycline and quinolones in wild fish living around a salmon aquaculture center in Chile

The presence of residues of tetracycline, quinolones and antiparasitic drugs was investigated in wild fish captured around salmon aquaculture pens in Cochamó, Region X, Chile. Residues of both antibiotics were found in the meat of two species of wild fish that are consumed by humans, róbalo (Scorpaena hystrio) and cabrilla (Elginops maclovinus). These findings suggest that the antibiotic usage in salmon aquaculture in Chile has environmental implications that may affect human and animal health. More studies are needed in Chile to determine the relevance of these findings for human and animal health and the environment to regulate this use of antibiotics.


 またハフポストの記事で紹介されていたが、最近のレビューもある。
Antimicrobial use in aquaculture re-examined: its relevance to antimicrobial resistance and to animal and human health
Cabello et al., Environmental Microbiology 15: 1917 (2013)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23711078

 養殖で使われる抗生物質の大半は環境中に拡散し、水中環境から陸上生物ひいては人間の健康まで脅かすというのは「沈黙の春」の筋書きそのまんまである。とくにチリでは多種類の抗生物質の使用が許されており、そして使用の実態は不明である。前出記事のCermaqの391g/tでもまだかなり多い方だ。
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While Norway, the United Kingdom and Canada used approximately 0.0008 kg, 0.0117 kg, and 0.175 kg, respectively, of antimicrobials for each metric ton of salmon produced in 2007, Chile used at least 1.4 kg per metric ton


 抗生物質の大半は餌に混ぜて与えられ、注射されるのはごくわずか(おやおや、何かの記事ではまるで全部注射してるみたいな印象を受けたぞ)。これも会社や養魚場ごとにどのように処方しているかは異なるし、実態も不明ということだろう。

Antimicrobials used in aquaculture are administered to fish mostly in food and only rarely by injection or bath


 論文では、養魚場周辺のバクテリアは抗生物質に対する耐性を獲得していること、耐性に関わる遺伝子は抗生物質のない環境下でも微生物の適応度を上げる可能性があることが論じられている。つまり、抗生物質による選択圧がなくなれば耐性遺伝子も急速に失われるという王道セオリーに反し、選択圧がなくても耐性が保持されうる例があることが示されている。微生物に起きた変化は、養魚場周辺の野生の魚貝にも影響する。さらに、抗菌剤耐性に関わる遺伝的要素が養魚場周辺の水圏微生物から陸圏微生物や人間への病原まで伝播する可能性があることが論じられている。要するに、養殖サケを全く食べなくても、サケ養殖で野方図に使われる抗生物質が生み出した耐性病原菌が人類を含む生物の健康を脅かす可能性があるということである。食品としての養殖サケにも、残留抗生物質の危険性がある。抗生物質が腸内細菌に与える影響が論じられ、養殖魚を取り扱う労働者はとくに抗生物質と耐性菌に曝露されやすいと指摘している。

These novel antimicrobial resistance elements may ultimately reach human pathogens and complicate therapy of infections caused by them


These considerations suggest that excessive aquacultural use of antimicrobials may potentially have major effects on animal and human health as well as on the environment.


 チリのサケ養殖に多くの深刻な問題があることは多数の科学論文の蓄積が示とおり明白だが、なぜかデマ扱いされる。これと似たことは捕鯨問題でも見てきた。これまた科学論文の蓄積があり、多数の科学者が調査捕鯨やイルカ猟の問題点を指摘し続けているにも関わらず、グリーンピースやシーシェパードなどの活動家への非難の大合唱の中でこうした科学は無視されてきた。

 チリで急速に成長したサケ養殖産業のもたらす経済的利益を考えるなら、養殖の環境影響を懸念する声を押さえ込もうとする力が働くのは当然予想できる。毎度おなじみのサウンドサイエンスイデオロギーである。ブッシュ政権下の米国でも、養豚場周辺で抗生物質耐性を持ったバクテリアが増殖していることを報告しようとした科学者に、研究を発表しないよう圧力がかかったことがUndermining Scienceに紹介されている。

 Baileyが論じるように、利害関係者間での民主主義的意思決定、持続的養殖のための国際基準の設定、小売業者や市場の意思決定などが重要になってくるだろう。消費者の意思表示もまた重要である。持続可能な手法で生産された安全なサケを食べたいという意思表示と消費行動はごく当たり前のことだし、サケ以外にも言える(例えばコンビニや牛丼屋でウナギを食べない、など)。因にチリのサケ養殖は独裁体制下で始まったもので、チリの民主化とともにその問題点を指摘する声があげられるようになってきたようだ。

Looking for sustainable solutions in salmon aquaculture
Bailey, Etikk i praksis. Nordic Journal of Applied Ethics 8: 22 (2014)
http://www.ntnu.no/ojs/index.php/etikk_i_praksis/article/view/1801/1830 【“チリのサケ(おかわり)”の続きを読む】

サケを追う:reprise

 以前に米国ノルウェーのサケ養殖の問題点について言及したのですが、今度はチリ産養殖サケがネットで話題になりました。
参考記事
http://lastline.hatenablog.com/entry/2016/05/30/174858

 まず食品としての安全性を論じたものから見ていきましょう。特に話題になったのは2004年にサイエンスに発表されたHitesらによるもので、養殖サケに蓄積した汚染物質の危険性を論じています。これについては後に誌上で議論されており、養殖サケを多く食べているノルウェーで特に健康問題が起きていないことや、魚食を減らすデメリットと魚を食べることのベネフィットなどが論じられています(Science 305: 475 (2004))。
Global assessment of organic contaminants in farmed salmon
Hites et al., Science 303: 226 (2004)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14716013

魚食の健康への影響をレビューしたのはMozaffarian & Rimm (2006)で、当時の証拠からは、養殖サケは野生のものよりややリスクが高いながらも全体としてリスクを上回るベネフィットがあるとしています。
Fish Intake, Contaminants, and Human Health: evaluating the risks and the benefits.
Mozaffarian & Rimm, JAMA 296: 1885 (2006)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17047219

比較的最近でも、養殖サケの汚染と健康問題を論じたものはあります。
The role of persistent organic pollutants in the worldwide epidemic of type 2 diabetes mellitus and the possible connection to Farmed Atlantic Salmon (Salmo salar)
Crinnion, Altern Med Rev 16: 301 (2011)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22214250

 PCBなどによる汚染の影響は調査されていますが、残留抗生物質についてはまだよくわかっていないようです。食品としての安全性を論じた場合、リスクとベネフィットのバランスの話になるのは当然で、養殖サケ全般が食用に適していないことを示す科学的理由なんてものを見つけるのは非常に困難でしょう。

 ところが食品としての安全性ではなく、野生のサケなど自然環境への影響に注目した場合、養殖は深刻な問題を引き起こしていることがわかります。問題は大まかに以下の4つに分類できます(Bailey 2014による)。
1)養殖サケにつく寄生虫や病気の問題
2)POPsや抗生物質、餌や糞を通して水中に放出される栄養分などの問題
3)病気や寄生虫の伝播や、交配による遺伝子汚染など、養魚場近傍の野生のサケへの影響
4)養殖魚や餌の移動にからむより広範囲な生態的影響(チリではアトランティックサーモンは外来種)

養殖サケが野生のサケの生存を脅かすことや、行政と司法の問題など。
Hatcheries and Endangered Salmon
Myers et al., Science 303:1980 (2004)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15044790

養殖サケを自然界に放たないことが緊急の課題である。
Genetic and ecological effects of salmon farming on wild salmon: modelling from experimental results
Hindar et al., ICES Journal of Marine Science 63: 1234 (2006)
http://icesjms.oxfordjournals.org/content/63/7/1234.abstract

養殖サケを逃がさないことの重要性はここでも論じられています。
Incidence and impacts of escaped farmed Atlantic salmon Salmo salar in nature
Thorstad et al., (2008)
http://www.fao.org/docrep/016/aj272e/aj272e00.htm

サケ養殖を持続可能なものにするために何が必要かが論じられるということは、現状は持続可能なものではないということです。
Looking for sustainable solutions in salmon aquaculture
Bailey, Etikk i praksis. Nordic Journal of Applied Ethics 8: 22 (2014)
http://www.ntnu.no/ojs/index.php/etikk_i_praksis/article/view/1801/1830

・チリのサケ養殖は環境にどう影響しているのか?

抗生物質の環境への漏出など、サケ養殖が海洋保護と相容れないことを指摘。
Marine conservation in Chile: Historical perspective, lessons, and challenges
Fernandez & Castilla, Conservation Biology 19: 1752 (2005)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1523-1739.2005.00277.x/full

底性生物多様性への影響、赤潮の発生、固有生物への影響などを指摘し、影響調査の必要性を説く。
A review of the impacts of salmonid farming on marine coastal ecosystems in the southeast Pacific
Buschmann et al., ICES Journal of Marine Science 63: 1338e1345 (2006)
http://icesjms.oxfordjournals.org/content/63/7/1338.full

養殖産業に対して科学に基づく有効な規制がないことを指摘。不透明性のため、薬剤の使用についても実態は不明である。
Salmon aquaculture and coastal ecosystem health in Chile: Analysis of regulations, environmental impacts and bioremediation systems
Buschmann et al., Ocean & Coastal Management 52: 243 (2009)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0964569109000350

The agency’s immediate goal should be to fund research required to develop a transparent, ecosystem-based regulatory framework that promotes IMTA. Monitoring programs and licensing procedures must consider the impacts of individual sites and the cumulative impacts from multiple sites across a wide range of spatial scales. Before such changes are realized, environmental threats and human health risks will remain unacceptably high and salmon farming in Chile will not meet any reasonable definition of sustainability.



逃げ出した養殖サケ類の増加と、サケの捕食などによる在来魚の減少を報告。
Aquaculture, non-native salmonid invasions and associated declines of native fishes in Northern Patagonian lakes
Arismendi et al., Freshwater Biology 54: 1135 (2009)
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2427.2008.02157.x/abstract

多数の養殖魚が毎年自然界に逃げ出しており、生態系への影響が懸念されている。養殖業者と漁師の対立など社会問題も。
Escaped farmed salmon and trout in Chile: Incidence, impacts, and the need for an ecosystem view
Sepúlveda et al., Aquacult Environ Interact 4: 273 (2013)
http://www.int-res.com/articles/aei2013/4/q004p273.pdf

 養殖サケの食品としての安全性についてはなかなか結論できない一方で、養殖の環境への悪影響は厳然と存在します。食い物としての安全性だけが大騒ぎされることで、より明白で緊急に対応するべき重要な問題が見えにくくなってしまいます。こうしたことは遺伝子組み換え作物についても同じかもしれません。メディア上の議論で焦点になるのは食物としての安全性ばかりで、環境や社会的影響が議論されることはあまりありません。しかし遺伝子組み換え作物問題の本質は、サケ養殖と同様に、それが社会の中でどのように運用されるか(たとえば農民漁民の生活、食糧生産体制、人間以外の生物への影響など)にあるのではないかと思います。

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おまけ

ニセ科学批判=無能の法則
ホメオパシーとかEM菌とか江戸しぐさとか水素水ごときにいちいち大騒ぎする連中はこういう科学と社会の関わる問題で必ずまともな答えを出さないという法則。捕鯨沈黙の春とマラリアチョウの放射線被曝研究などでみられる。というかsalmoを名乗って外来種云々しておきながらサケ養殖の話題で野生種保護の話をしないってどういうことだ。

https://twitter.com/hidetoga/status/737113190077587456
https://twitter.com/usg_ringo/status/737074969125912576
https://twitter.com/yu_kubo/status/737042680123777025
https://twitter.com/doramao/status/737061462057701376
https://twitter.com/invasivespeacie/status/737222703111757825
https://twitter.com/sakamotoh/status/736826059199414272

チョウを追う:reprise

As expected, we received a variety of opinions, comments, and advice on this matter from other students in our laboratory and from other professors in our university even before starting this research. Many of them discouraged us. Some worried about us because radioactive materials are hazardous to health. Some worried that our research might annoy people living in the polluted areas, the nuclear power industry, and Japanese government, implying that the research would politically dangerous. However, over and above theses considerations, we were terrified by the pollution itself and by the continuing release of radioactive materials. We are also terrified by the possibility of additional earthquakes and further breaches of the NPP. However, we convinced ourselves that we as scientists should contribute to something that provides biological truth on this issue.

Otaki, Understanding Fukushima through Butterfly Biology: Academic Freedom for Scientists and the Public


 この資料集を作っているときに気がついたのですが、琉球大学の大瀧グループはヤマトシジミへの被曝影響について結構論文を出しています。
http://w3.u-ryukyu.ac.jp/bcphunit/fukushimaproj.html

 ネットで言われるほど大瀧グループの研究は変なのか?論文として出た以上、その論文を引用する形で反論の論文があるはずなのですが。

ヤマトシジミの異常は原発事故の影響?
http://togetter.com/li/353759

『ヤマトシジミの異常は原発事故の影響?』後日談
http://togetter.com/li/354694

ヤマトシジミの奇形は原発の影響によるものなのか
http://horikawad.hatenadiary.com/entry/20120813/1344814974

「原発事故でチョウに遺伝的異常」 准教授論文に異論相次ぐ
http://www.j-cast.com/2012/08/17143227.html?p=all

https://twitter.com/turingpattern/status/236071811425644544
なぜか元記事(「原発事故でチョウに異常」という論文は、壮大な「釣り」ではないの か?)が見当たらない。

https://twitter.com/DescendIntoCha2/status/314414421806026753 (パクツイ)
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/DescendIntoCha2/status/314414421806026753 (オリジナル)

 現時点でざっとヤマトシジミの論文を引用している論文を眺めて思ったこと。
 大瀧グループはコンスタントに続報を出しており、低線量被曝の野外調査の結果を実験的に再現したという新規性と、(今までよく研究されてきた短期的高線量被曝でなく)長期にわたる低線量被曝の影響についての研究を刺激した点で、科学の営みとしては至極真っ当に思えます。とりわけ、雌雄モザイクのチョウはチェルノブイリ近傍でも報告されており(Dantchenko et al, 1995)、大瀧グループの発見(Hiyama et al, 2013)ともある程度の共通性はあるわけです。結局、何か反証となるような査読付き論文は見つけられませんでした。今後、別のグループがチョウの被曝実験で同様の結果を得られるかどうか、報告が待たれるところです。
 要するに、鷲谷いづみ先生のコメントは現時点でも全く妥当なものです。

 ヤマトシジミにしろオオタカにしろ事故による被曝の生物への影響を論じた論文が出てネットで騒ぎになるわけですが、そういうのを見て私が何を思いだしたかというとオレスケスのエッセイ (Science 306: 1686 (2004))です。オレスケスはこの中で、人為的気候変動への懐疑は巷にあふれていてもピアレビューを経た科学論文にはそのようなものがないことを指摘しています。自分の経験を思い起こしても、何の科学的正当性もない日本の捕鯨科学の装いで擁護されたり、ジャーナリストや大学教員といった肩書きの人間がレイチェルカーソンを中傷したりしているのを見てきました。核災害に臨んでこのクソみてぇな連中が、生物にあらわれた影響が放射線被曝によるものであることの厳密な証明がなされない限り被曝の影響はないものとするというサウンドサイエンスイデオロギーと共にあらわれるのは、公害病の歴史を顧みても当然予想できることです。

If the history of science teaches anything, it is humility, and no one can be faulted for failing to act on what is not known. But our grandchildren will surely blame us if they find that we understood the reality of anthropogenic climate change and failed to do anything about it.
Oreskes, Science 306: 1686 (2004)


・大瀧グループの論文を引用しているものの一部
Morphological outcomes of gynandromorphism in Lycaeides butterflies (Lepidoptera: Lycaenidae)
Jahner et al., J Insect Sci 15: (2015)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25843591
最終段落に気になることが書いてある。ひょっとしてチョウは放射線の影響をおそろしく受け易いのかもしれない、とは考えられるわけです。

Finally, increased occurrence of gynandromorphism in butterflies has been linked with exposure to low-dose radiation (Dantchenko et al. 1995). For example, a small number of gynandromorphic pale grass blue butterflies (Zizeeria maha (Kollar)) have been found in areas within the Fukushima nuclear accident fallout area in Japan (Hiyama et al. 2013). Over 7,000 Lycaeides butterflies have been captured or reared from a number of sites across North America between 2003 and 2014; however, all six of the gynandromorphs in this study were captured or reared in the 16 mo following the Fukushima nuclear accident and none have been captured since (M.L.F., pers. obs.). Although we have no reason to link low-dose radiation exposure with the spatial and temporal concentration of gynandromorphs described in this study, it is intriguing to note that radiation from Fukushima reached the western United States 4mo prior to the first gynandromorph capture (Thakur et al. 2012).



Chronic low-dose γ-irradiation of Drosophila melanogaster larvae induces gene expression changes and enhances locomotive behavior
Kim et al., J Radiat Res 56: 475 (2015)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25792464

Assessment of electron beam irradiation induced proteomic changes and its effect on the development of silkworm, Bombyx mori (Bombycidae: Lepidoptera)
Kannan et al., The Journal of Basic & Applied Zoology 73: 32 (2016)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2090989616000059

Gamma radiation induces growth retardation, impaired egg production, and oxidative stress in the marine copepod Paracyclopina nana
Won & Lee, Aquatic Toxicology 150: 17 (2014)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166445X14000605

Gamma rays induce DNA damage and oxidative stress associated with impaired growth and reproduction in the copepod Tigriopus japonicus
Han et al., Aquatic Toxicology 152: 264 (2014)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166445X14001349

DNA alterations and effects on growth and reproduction in Daphnia magna during chronic exposure to gamma radiation over three successive generations
Parisot et al., Aquatic Toxicology 163: 27 (2015)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166445X15000764

Chromosomal instability―mechanisms and consequences
Venkatesan et al., Mutation Research/Genetic Toxicology and Environmental Mutagenesis 793: 176 (2015)
http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1383571815002247

・チェルノブイリでの昆虫への影響を研究したもの
Nuclear pollution and gynandromorphic butterflies in southern Russia
Dantchenko et al., Holarctic Lepidoptera 2: 77 (1995)

Effects of parental radiation exposure on developmental instability in grasshoppers
Beasley et al., J Evol Biol 25: 1149 (2012)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22507690

GRASSHOPPERS’ ADAPTATION TO ELEVATED RADIOACTIVITY IN THE CHERNOBYL EXCLUSION ZONE
Hindborg Mortensen, Master Thesis, Roskilde University (2013)

繰り返される主題と変奏

「沈黙の海」 イサベラ・ロヴィーン著 新評論刊 (公式ブログ http://tysthav.exblog.jp)

 スウェーデンを中心としたヨーロッパの漁業についての本ですが、以前ふと書いた疑問(漁業資源管理分野で大企業の介在なしにサウンドサイエンスイデオロギーがあらわれるのは日本だけなのか?)についての答えが書いてありました。この本から受ける印象では、どうも漁業分野は洋の東西を問わず大企業の介在しないサウンドサイエンスイデオロギーがあらわれる傾向があるようです。

http://chikyu-no-cocolo.cocolog-nifty.com/blog/2012/08/post-1609.html

 上の勝川先生の話を読むと、ノルウェーの漁業は比較的うまくいっているように思えます。だから隣国スウェーデンもそれなりにうまくやっているのだろうと勝手に想像していたのですが、スウェーデン漁業衝撃の実態は本書によると以下のようなものです。

・魚が少なくなっているのに、漁師には政府から多額の助成金が与えられ、漁船の高性能化が行われている。また軽油の漁業優遇税制があり、より長時間の操業が可能になっている。つまり少なくなっている魚を競って獲るようになっているので、魚はより少なくなっている。

・スウェーデンの漁業行政は環境省ではなく農林水産省と水産庁の管理下にあり、水産業は自然や生態系の制約を受けずに成長することが前提とされている。

・価格保証制度により魚の買い取り最低価格が決められているため、捨てるために魚を捕り続ける状態になっている。

 なんか日本の状況とよく似ているのではないでしょうか。

 スウェーデンでは、漁師ー水産庁ー政治家が「鉄のトライアングル」を形成し、政治家は漁業関係利益団体の言いなりで、消費者、釣り愛好家、環境保護団体の声や、資源減少を訴える専門家の意見が無視されてきたことも書かれています。漁師に好き放題やらせるのが政治家として支持を取り付ける手っ取り早い手法ということでしょう。

海洋漁業試験場の職員は、自分たちの調査結果が自らの雇い主である水産庁にさえも真面目に受け止めてもらえないことに半ば慣れているようだ。


 水産庁の長官だった研究者はこう回顧しています。「水産庁の長官だった当時は、自分の雇い主である政府に忠実でなければならなかったんだ。だから、そうしようと努力していた」。このようにして資源減少を憂う研究結果は政治家の手により楽観的な予測に書き換えられていったわけです。ロヴィーンはスウェーデンの漁業をこう総括しています。「漁業という「文化」の維持ばかりが重視される一方で、絶滅の心配がない安心して食べられる魚を食卓に送り届けてもらうという消費者の権利がないがしろにされる形でこのお金(税金)が使われてきたからだ。」

 さらに興味深いのがアフリカ諸国の漁業資源がヨーロッパの船団に荒らされている様を描いた第7章と、EUの漁業委員会の会議をレポートした第8章です。高度に機械化した先進国の船団により、アフリカ諸国の漁業資源と漁師の生活が脅かされるのと関連し、陸上野生動物の密猟が盛んになっていくことが指摘されています。

つまり、漁業政策におけるEUの振る舞いは責任ある行動とは言えないし、長期的な持続可能性を欠くために他国のお手本になるようなものではない。むしろ、お金と官僚主義と汚職が大きなスケールで結びつくとどのような悲劇が起こるのかをもっとも端的に表したよい例と言える。そして、この帰結として、弱い者が搾取され、すでに裕福な者にお金が流れている。そして、何よりも重要なのは生態系の破壊が行なわれているということだ。


 アフリカの漁業資源を荒らしているのはとくにスペインの船団ですが、EUの漁業委員会で、不確実性を根拠に漁獲量削減に反対する(出た!サウンドサイエンスイデオロギー!)スペインの議員に注目し、ジャーナリストである作者はその素性を調べています。そしてこの議員が、フランコ政権時の政治家の娘であることを明らかにします。スペインの漁業が拡大したのは、「スペインを世界でもっとも強大な海洋国に再びのしあげる」べく、フランコがてこ入れしたことも指摘されています。無敵艦隊よ再び、というところでしょうか。自然からの収奪を基本とする現代の漁業はどうやら帝国主義的性質を帯びやすいもののようです。この点、日本の捕鯨賛成論が強烈なレイシズムに裏打ちされているのも自然な流れなのでしょう。

 そして、漁業が比較的うまくいっているとされるノルウェーにも問題があることが本書で指摘されています。以前に米国のサケの話を書きましたが、問題は似たようなもので、ノルウェーでも養殖魚につくサケジラミや病気が野生のサケを脅かしていることや、養殖は野生魚の保護どころか脅威となることが述べられています。

 最後に解決策を提示して本書は終わっていますが、作者のすごい所はジャーナリストとして問題を告発するだけにとどまらず、政治家として漁業を改善すべく活動をはじめた点にあります。ロヴィーンはこう問いかけます。
「漁師と研究者の主張をぶつけて妥協点を見いだそうなんて考え方は、この問題の捉え方を根本的にまちがえている。」
「私たちが投げかけるべき本当の問題は、変革を起こすためにはまず意識の改革からという考え方が本当に正しいのかどうかということだ。実際は、逆なのではないだろうか。つまり、変革が意識の改革をもたらすのではないのだろうか。」

 また最後に、直接的な解決策として以下の7つが上げられています。
1 早急な海洋自然保護区の指定
2 底曵きトロール漁の試験的禁止
3 魚の海洋投棄の禁止
4 漁業の環境アセスメントの実施
5 密猟取締の強化
6 詳細な漁獲海域表示制度の導入
7 漁業に対する見方の改革 生態系に配慮して漁獲された魚を食べる権利がある

 気候変動については、大企業が後押しするサウンドサイエンスイデオロギーが適切な対策を手遅れにしたことが指摘されています(http://www.diamond.co.jp/book/9784478064818.html)。大企業がシンクタンクを隠れ蓑にタバコや化学物質の規制をのがれようとするのがサウンドサイエンスイデオロギーの主旋律ですが、漁業では大資本なしでも不確実性をタテに規制をのがれようとする少し変わったサウンドサイエンスイデオロギーがあらわれます。この「わかっちゃいるけどやめられない」状態はどこにもあらわれるもので、科学性のない調査捕鯨が続けられたり、地震の巣の上で原発を再稼働させたりしているわけです。

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 「こうして、世界は終わる」(ダイヤモンド社 刊)を読んだ。
http://www.diamond.co.jp/book/9784478064818.html

 タイトルは「西洋文明の崩壊~未来からの視座」みたいに直訳の方が良かったんじゃないかと思ったり。

 「Merchants of doubt」の著者であるオレスケスとコンウェイによるフィクションで、未来からみて現代がどのように記述されるかというコンセプトで書かれている。未来予想は常に外れるものなので、中央集権制だった中国が比較的上手に危機を乗り越え第二次中華人民共和国になるとか、2041年に熱波が襲来し暴動が起こるとかは微妙な所だろうが、このまま気候変動への対策がなされなければ現代文明が崩壊するというのはその通りなんじゃないかと思う。もっとも印象に残った所を以下に引用。

ハイエクは商業を奨励しながら、科学と産業は資本主義の発展と政治的自由の拡大に密接に関わっていると提唱した。二〇世紀半ばに、科学研究推進における政府の役割拡大を支持していた人々も、これと共通する見解を持っていた。
 しかし環境科学により、国民と自然環境を想定外の危険から守るためには、政府の介入が不可欠であることが示されると、炭素燃焼複合体は科学を、どんな手段を使ってでも倒すべき敵として扱い始めた。


 本書では言及されていないが、「沈黙の春」最終章「べつの道」の現代版とみることもできる。現代の重化学工業と、それと結びついた政治体制が指向する先にあるのは破滅である。

科学の知見を政策に活かすために
 未来の学問では「自然科学」というカテゴリーが存在しないという設定もこの本の興味深いポイントで、これからは科学技術とそれに関する政治政策を同時に扱うのが必要ということだろう。これは「クジラコンプレックス」で論じられている「科学技術評価局」とも関連しているのではないだろうか。日本では、科学者の知見が捕鯨政策に活かされることは全くなかったが、世界全体でも、人為的気候変動への対策について科学が政策に反映されなかったということである。漁業なんかも科学と政策の乖離著しい分野だろうから、この辺も科学と政策を統合する必要があるのだろう。
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