3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

捕鯨でググれば

 キーワード「捕鯨」でgoogle scholar検索して引っかかったものの中で興味深いやつを。トンデモ系の大物も引っかかって面白いのですが、価値あるものから先に。

鯨類資源管理理論に関するコメント 和田一雄
哺乳類科学 第28・29合併号 1974年6月 47?52

 内容は驚くほどまとも。まともどころか感動するくらいまとも。官製の捕鯨文化論に毒される以前の日本の生物学者はまともだったことの証明となる文献である。一般家庭からもダウンロードできるのではないかと。同号に掲載された大隅博士の「鯨類における資源管理」への見事なカウンターとなっている。それでは大隅先生は1974年に何を言っていたのか?

鯨類における資源管理 大隅清治
哺乳類科学 第28・29合併号 1974年6月 39?46

「捕鯨の食生活に及ぼす影響は大きく、われわれは鯨類を食糧資源と見なさざるを得ず」


 この時点で鯨肉の肉類消費における割合は5%程度であった。その後さらに低下し、現在では年間一人当たり30グラムと、鯨肉を食わずとも生きて行けるようになっている。仮に商業捕鯨が再開されても「持続可能な」範囲での鯨肉供給量は1万トン程度が限界であり、世界の飢餓どころか日本人の腹も満たせない。

「生物資源は開発を進めて、資源をある程度減少させるところに、最大持続生産量(MSY)を挙げ得る資源水準が存在する。」


 そのほか「合理的間引」という言葉も使われている。

「河川の改修や水質の汚染などにより、カワイルカ類の生活がおびやかされるようになるのは必定である。沿岸の社会開発と環境汚染は、沿岸性、汽水性のコククジラ、スナメリ、シロイルカなどの生存を危うくするであろう。水の汚染は河川や沿岸水域に止まらず、外洋にも及びつつある。石油、工場排液、農薬、プラスチック廃物などが、直接、間接に鯨類の生活環境を破壊する危険が迫っている。」


 そして現在、中国人は見事に揚子江のイルカを絶滅させたわけです揚子江のイルカは絶滅寸前と言われています(2014 12 27訂正 追記参照)。さて、我らが日本の誇り鯨類研究所のホームページにこんなことが書いてあります。

世界の人口が 大幅に増加し、食料としての海洋資源の開発が進む現在、鯨という生態系の上位にいる種のみを過剰に保護する事は、森林におけるシカの如く、将来における海洋生態系に大きな影響を与える可能性がある事は考慮されなければならない。真に絶滅の危機にある数種を除けば、地球の生態系において鯨だけが特別な存在ではいられないのだ。
http://www.icrwhale.org/gpandsea-geiken439.htm


 まぁよく言われる俗論ですが、捕鯨を止めた程度でクジラが「過剰に保護」されるなんてことになるんでしょうか?大隅先生が30年以上前に環境汚染が鯨類をおびやかす可能性を指摘していますし、混獲や船と衝突したり海底ケーブルに絡まったりと、人間活動に絡んで事故死するクジラも結構な数になるのでは。それでは和田先生のコメントをば

鯨類資源管理理論に関するコメント 和田一雄 (前掲)

資源管理、日本の研究条件の問題点
「資本というものは、きわめて冷酷な性質をもっているので、資本は昔から資源を大切にしてきた経験を持ち合わせていないようです(庄司東助、1970)」、また「MSYが国際会議に出て来るのは何か妥協のための線が必要な時に便利なためで、妥協の産物である(福田嘉男、1970)」という発言にもあるように、このことはクジラ類の資源管理についてもいえることで、その歴史は絶滅の歴史だとはよくいわれることである。

MSY絶対化:[略] すでにのべたようにMSYは現段階では基本的に多くの問題をはらんでいる。 [略] それはとくに生物的諸関係を性急に数に還元してしまう傾向について指摘できるであろう。

[オットセイの海上猟獲禁止措置にふれた上で] 
 捕鯨業はこれと異なった事情にあった。第2次世界大戦前もそうだったが、戦後政府の手厚い保護の下に急激に拡大した大洋、日水など大手水産会社による捕鯨業は、第2水産庁などといわれる大日本水産会を通した自己の利益擁護の下に展開した。
 2年に1頭しか出産しないクジラ類を年間数万頭も捕っていては絶滅にいたることは、MSYなどとややこしいことをいわなくても、はじめから分かっていた。

日本の研究体制: [略] このような研究条件はさらに深く研究体制とかかわっており、企業・行政・研究の間の矛盾に根ざしていることを認識する必要がある。

資本の動向:冷酷な資本は制限捕獲頭数が減っても市場価格が上がれば、最後の1頭にいたるまでとるのである。[略] 
 このような情勢では、資本の指向は企業→行政→研究という一方的流れとして働き、研究体制に大きな影を投げかけ、IWCに対する日本側の態度、とくに捕獲頭数制限にえいきょうを与えることになる。

1972年の国連環境会議による捕鯨10カ年凍結: [モラトリアムは感情論であるという日本側の意見に対し] 世界の世論はナガスクジラなど大型クジラ捕鯨を根本的に考えなおすべきである、同時に、クジラ類の研究体制を強化せよという点にある。 [略] おそまきながら、オットセイの海上猟獲の時に通用した常識が、クジラにも適用されたことをよろこびたい。「公海漁業自由の原則」という幻を打ち破るためにも(絶滅寸前まで追い込まれたオットセイの轍をふんだことを悲しむべきか)。そして社会・経済的要素をも含めた本当の意味の資源管理の原則をうちたてる努力がなされるべきである。


 きわめて常識的だ。この論文から30年以上経過し、外洋で商業捕鯨をやりたい企業が存在しなくなった現状で捕鯨産業の持続を目指すなら、実在する沿岸捕鯨産業の利益を図るべきなのに、日本の捕鯨外交はそれをやっていないわけです。企業→行政→研究というよくある流れとは少し異なる政治力学のもと、調査捕鯨のための調査捕鯨が行われているのではないでしょうか。
「中国人は見事に揚子江のイルカを絶滅させたわけです。」の表記は削除します。

 揚子江の淡水イルカを危機にさらしているのは揚子江開発ですが、その開発の「恩恵」は自分も受けているはずなので、揚子江カワイルカの絶滅危機を中国人だけのせいにするのは完全な間違いです。アマゾンの熱帯雨林の破壊をブラジル人だけの責任にするのがおかしいように。また日本海のミンククジラJ系群にダメージを与えているのが日本と韓国ですが、もし仮に韓国による被害が大きかったとしても、日本に責任がないということではないように。

http://nrife.fra.affrc.go.jp/seika/h13/zyouhou.htm
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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