3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

萌えるクジラ戦争

 某テレビ番組では「Whale Wars」などと呼ばれる捕鯨問題ですが、戦争は外交の延長線上にあるとするなら、まさに一種の戦争のモデルとも言えましょう。

戦争を始める理由はたったひとつ、金です。」 ?パオロ・マッツァリーノ

 名著「サルでも描けるまんが教室」に、未来では全ての文書に漫画が使われるという設定で、漫画化された離婚届や召集令状が描かれています。面白いのは召集令状に現代のスラングで言うところの「萌えキャラ」があしらわれており、それを受けとった相原氏は「ワシはお国のために戦争に行く」と竹やりを握りしめるのです。このシーンを描くのに特に深い考えはなかったと思いますが、これは戦争の一面をよく表しています。

 萌えキャラの利用は、大げさに言うなら宣伝扇動の一手法です。これは企業の製品の広告活動でも行なわれる普通の事ですが、戦争においても重要な意味を持ちます。国内に反戦運動を抱えたまま戦争を継続するのは困難なので、戦争に賛成する世論を作り上げる事は重要な課題であり、実際、現在戦争中のイスラエルでは親イスラエルの宣伝をするブロガーを募集しているようです。

 ナチスが映画や音楽を利用し、ある種の文学を弾圧したのが戦時の宣伝扇動の事例としてよく知られています。捕鯨禁止の国際的潮流に抗い、官僚利権を維持するために「捕鯨は文化」という言説が流布された日本で何がどのように宣伝され信じられているかは非常に興味深いものがあります。所詮広告屋の宣伝にすぎない捕鯨文化論は、史実と照らし合わせてみると非常にうすっぺらなものです。

捕鯨産業を称揚すべき書物の中でこのような見解を述べることが可能であった事実のほうが重要であろう。同書が刊行された時期の捕鯨をめぐる言説を支える構造が、こんにちのそれとは大きく異なることにこそ注目しなければならない。商業捕鯨モラトリアム実施以後の、わが国の捕鯨をめぐる言説は、かなり不自由なものに変質したといえる。


だがそれらは地域に密着した<文化>なのであって、これをただちに<日本の伝統的食文化>とするためには、かなりおおがかりな忘却のための装置が必要となる。なにを忘却するのか。なんのために忘却しなければならないのか。


捕鯨の近代 塩崎俊彦 神戸山手大学紀要 7: 13-21 (2005)
 より抜粋

 戦争に際して必要なものの一つは「おおがかりな忘却のための装置」でしょう(また逆に、戦争の記憶を忘却させるための装置も存在するだろう)。大本営にとっていろいろ都合の悪い事を忘れさせる、思い出させない、または本質をついた疑問を抱かせないために。

 ところで、国民は戦争に際して利害が一致しているのでしょうか。普通に生活していて、国籍が同じというだけで利害関係をともにするというのはむしろかなり珍しいのではないかと。政治家や省庁間さらに国民の間に常日頃存在する利害関係が戦争という「国難」の前に消えてなくなると夢想するなら、それはマヌケの一言につきます。部落差別は戦争中にも解消されていませんでしたし、挙国一致体制を作り上げたナチスにしろ大日本帝国にしろ、政府や軍の内部を検証すればそこに対立関係があった事がわかります。たとえ宇宙人が攻めて来ても、人類の敵は人類でしょう。

 水産庁としては海にいる生き物は全て水産庁の管轄としたいようで、それゆえみすみす縄張りを捨てるようなことはしたくないようです。天下り先の鯨類研究所を環境省の管轄に移すなどはもってのほか。このようにして天下り先を守るため、利権を守るため、国内/国外での闘争が開始されたのです。例えば国内では中曽根首相ですら調査捕鯨の捕獲枠削減に苦労したとか、外務官僚は実は調査捕鯨を快く思っていないとか、水産会社は捕鯨再開に冷淡であるとかの例が示すとおり、「日本政府主導の」調査捕鯨といっても「日本」は決して一枚岩ではないのです。

 日本では反捕鯨派は無視できるレベルの勢力しかありませんので相手にされていません(中枢に近い人間、例えば調査捕鯨に公然と反対する鯨類学者や関係者がどのような扱いを受ける事になるのかは知りませんが)。大本営が気にするのはむしろ、大多数の国民の鯨肉への無関心なのではないかと。

 (鮎川にある日本鯨類研究所のCさんによれば)鯨に興味のない人たちが増えているのが現実である。若い人たちに鯨の味を知ってもらうために月一回学校給食に鯨を提供している。子供たちに鯨をもっと食べてほしい。
http://web.agr.ehime-u.ac.jp/~hosokawa/hogei2.html


「まあ反捕鯨運動なんて今に始まったことじゃないけど、
 普段はみんな鯨を食べる文化なんかすっかり忘れちゃってる癖に
 こういう時だけ『鯨は大切な日本の食文化』とかなんとか言ってマジギレすんだよな(笑)」

「ってか、日本が世界から文句つけられて、まともに反論することなんて捕鯨問題くらいでしょ(笑)」
http://nishidasaburou.iza.ne.jp/blog/day/20080118/


 どういうキャンペーンをやっているかはここで概観できますが、今度は萌えキャラつきのクジラの缶詰でも作るんじゃないでしょうか。
 
参考までに 赤の女王とお茶を より。

社会現象が自然現象と異なる点は、「人々が信じればある程度そうなってしまう」ことです。

現実がそのようなモデルだと人々が信じれば、人々はそのモデルに従って動きます。結果的に、正しいように見えてしまうことがあるのです。

が、それも短期間でのこと。

「あるある納豆」、あるいは精神論で戦った旧日本軍のようなもので、信心による効果はすぐに「現実」に押しつぶされるでしょう。経済現象は心だけで成り立つものではありませんからね。

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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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