3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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体脂肪率90%超

 日本とシーシェパードはやっぱり似ている、と思った。日本は被害妄想もたくましくクジラを乱獲したのは欧米と喚き立てる。例えばこれなど。
http://web.agr.ehime-u.ac.jp/~hosokawa/hogei2.html

鯨油だけを生産しクジラ資源を大量かつ無駄に浪費した欧米型の商業捕鯨は行ないません。


 事実はどうなのか。クジラは只の野生動物であり、産業利用上なんら神秘的性質を持っているものではない。江戸時代に鯨体が完全利用されていたのは当時の完璧なリサイクル社会(というのは言い過ぎかも。でもゴミの量は今よりはるかに少なかったはず -2013.11.29追記)という社会・産業構造に則ったからであり、クジラだけが完全利用できる特別な存在だったとは考えられない。明治以降脱亜入欧のスローガンのもと近代化を推進した日本においては社会・産業も急速に西欧化し、伝統捕鯨もノルウェー式捕鯨砲を用いる近代捕鯨方式に駆逐された。この潮流の中で鯨体の完全利用という「伝統」だけが何の影響も受けず維持されたと考えるのは難しく、欧米的近代捕鯨(=鯨油目的の乱獲競争)に日本も参入していったというのが実情ではないのか(さらに言えば、捕鯨産業は近代に入って大規模化したのだから伝統捕鯨のバックグラウンドをなんら持たない日本人が多く新規参入したはずである)。入手できる資料が示す日本の近代捕鯨の実体は「乱獲せず鯨体を完全利用する捕鯨の優等生」像とはかけ離れている(例:1930年代における日本近海コククジラ個体群の壊滅(星川、2007):戦前の国際捕鯨規制無視(真田、2006):戦後オリンピック捕鯨に関する証言(山下、2004):沿岸捕鯨記録改竄(近藤、2001)、など)。これらがむしろ例外なのだとすれば当然あるはずの、「近代化の過程においていかなる理由により、あるいはまたどのように、鯨体完全利用の『伝統』が維持されえたのか」を論じた学術文献は、検索した限り見つからなかった。「捕鯨文化の専門家」の言うことを見てみたが、広告屋の宣伝以上のものではない。
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000276_01.html

 それどころか、このような文献がひっかかってきた。

捕鯨の近代 両大戦間期の南氷洋捕鯨について 塩崎俊彦 神戸山手大学紀要 2005

 過去の新聞記事から日本人の捕鯨へのイメージを読み解く試みで、鯨油の捉え方についても丁寧に説明されており、鯨油は石油に匹敵する戦略物資だったということがよくわかる。最も重要なのはこの表だろう。
49-01.jpg
 常識的に考えてこのデータから鯨体が常に完全利用されてきたといえるかどうかは明白だと思うが、こんな話もある。先生と学生たちが山登りに行った。山登りの途中で先生が貝の化石を見つけて生徒に聞いた。「ここに貝の化石があることは何を意味するか?」生徒其一答えて曰く「昔ここが海だったということです」。生徒其二答えて曰く「貝は山に棲んでいたのです、昔は」。鯨体を完全利用していたのだとすれば、戦前のクジラは体脂肪率90%を超えていたが、戦後なんらかの理由で体脂肪率50%前後になったという事になる。そういえば最近鯨研が出した論文でミンククジラの皮下脂肪が減少している(Konishi et al., 2008)というのがあったが、それとも符合している。

だがそれらは地域に密着した<文化>なのであって、これをただちに<日本の伝統的食文化>とするためには、かなりおおがかりな忘却のための装置が必要となる。なにを忘却するのか。なんのために忘却しなければならないのか。 ?前掲論文より抜粋


 広告屋の作り出した捕鯨史観(=広告史観)はどうしてこうも皇国史観と酷似するのか。自らの作り出したエリート像に自己陶酔する様は大日本帝国そのものである。最近ネットの一部で話題のこれとも似ている。

 かつて、我々の父祖は同じ過ちをアメリカに対して犯した。アメリカはどのような国かを冷静に認識し、分析するのを怠り、「どうせアメリカなんてこんなもんだろ」という発想で、うかうかと戦争を始めてしまった。その挙げ句が無条件降伏だ。


 「どうせ反捕鯨派なんて感情論だけなんだろ」とタカをくくっているうちに科学でも文化でもどえらい恥をさらしているのだ。総じて、日本で広く信じられている「捕鯨の優等生日本vs.感情的な欧米の文化的対立」という構図は事実とかけ離れた創作物であるとしか考えられない。

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_278.html

例えば、日本への輸出でヨーロッパウナギが絶滅寸前に追い込まれている。
このことはニュースで大々的に取り上げられたので、知っている人も多いだろう。
よその国の野生生物を絶滅寸前まで追い込んでおきながら、
多くの日本人はウナギが食べられなくなる心配しかしていない。
ヨーロッパの人たちはどう思うだろう?
ウナギを食べていた地方では、ウナギを食べられなくなってしまった。
日本人の乱食による食文化の破壊である。
こういうことをやっていて、日本の食文化を尊重しろと言っても説得力がない。
他国の文化を尊重する心根こそが、文化の本質だろう。


【日本が割り当ての倍を乱獲 ミナミマグロ管理機関が指摘】
http://himadesu.seesaa.net/article/29857786.html

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/12/post_71.html

ミナミマグロ不正漁獲は、すでに国際問題に発展している。
国内世論さえごまかせればそれで良いというレベルではない。
特に痛いのが、世界の研究者からの信用を失ったことだ。


 知性と良識をそなえた人間が日本の態度に懸念を抱くのは当然である。ウナギを食いつくし、マグロを食いつくし、それを恥とも思わない人間がクジラも食う事に反感を抱かない人間はおるまい。政府間交渉で何も解決しないのならば、とアナーキックな義憤にかられ「悪者」に制裁を加えようとする人間が一定の支持を集めるのは当然である。しかし、シーシェパードのやっていることは捕鯨問題については逆効果だし、日本にも多大な責任があるとはいえ、漁業資源の乱獲は世界的問題でもある。日本だけを悪者にしてやっつけても本質的解決にならないのだ。問題の具体的解決に寄与するという観点から見るとシーシェパードの行動はほとんど役に立たない。現実離れした漫画的な正義感に基づいた議論や行動をしているという点で両者は似通っている。あえて言おう、カスであると!

BGM:「コミック雑誌なんかいらない」頭脳警察

俺にはコミック雑誌なんかいらない
俺の周りは漫画だから


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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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