3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

共生の陰で

【調査捕鯨】実はモラトリアム解除を恐れている水産庁?【愚劣の極み】
http://himadesu.seesaa.net/article/102904846.html

蛇足ですがこの論文は、日本のような捕鯨推進国と、反捕鯨国やグリーンピースやシー・シェパードなどの反捕鯨団体との間に、ある種の共生関係が存在すると指摘しています。
たとえば「日本は調査捕鯨を継続するために商業捕鯨を再開させようとしない反捕鯨国を必要とし」、「反捕鯨団体も捕鯨団体を叩くことによって、会員からの寄付収入を確保している側面がある」というのです。


 上など読んで思いだしたのはオーストラリア政府がyoutubeで行ったトンチキな反捕鯨キャンペーン。捕鯨推進派の精神的支柱である「捕鯨は日本の伝統文化」「捕鯨は科学的」という俗説が虚構であることを説明すれば良かったものを、日本人に訴えかけるよりもオーストラリアの選挙民にアピールするような内容でした。

 鯨肉横領疑惑に関するGPのやり方にも私は納得がいきません。鯨研、船会社、水産庁の二転三転するしどろもどろの説明を見れば違法行為が横行していたのは明らかなのですが、結局うやむやにされてしまいました。この辺人によって捉え方に差がありますが、宅配便のインターセプトについて星川氏自身が「釈然とはしてない」とコメントしていますし、私も同感です。そして私が一番不満なのは一気にチェックメイト出来なかった点なのです。動かぬ証拠をそろえて一撃でしとめなければならなかったのに、初弾で致命傷を与えられず、手負いの獣に逆襲されたようなものだと思っています。

日本に好都合なのは調査捕鯨の継続 「捕鯨外交のまやかし」が指摘する不毛な論争の背景
http://www.news.janjan.jp/living/0802/0802120675/1.php

石井さんは、捕鯨派と反捕鯨派の関係を“逆予定調和”と呼んでいる。「はじめから予測できる対立が逆説的に共生関係を生んでいる」というわけだ。だから捕鯨問題はいつまでたっても解決へとは向かわない。


 まとめるとこうですか。

反捕鯨派:反捕鯨という環境保護パフォーマンスで寄付金を集めたり票を集めたりできる(「悪の捕鯨」が無くなると困る)。一方で普段はクジラに関心の無い日本人を反・反捕鯨で団結させるという利敵行為でもある。

捕鯨推進派:税金を投入した「調査」捕鯨でも収支は厳しいので、「商業捕鯨再開」をスローガンとしつつ感情的な外国の無理解のために商業捕鯨が再開できないということにしたい(商業捕鯨を認められても産業として成り立たない)。あと、もはや反捕鯨派がニュースを作らないと鯨肉に注目が集まらない(「ウネス」という言葉はあのニュースではじめて知った)。もっと現実に即した呼び方をするなら捕鯨推進派というより反・反捕鯨派が多数である。

 ある人にもらったコメントが実に的確であることに気がつきました。

なるほど、そういう非常に微妙なバランスもあり得るんですねぇ。

あ、あんたなんて大嫌いよ!
・・・で、でも、ほんとはいてくれないと困るんだからっ!

新手のツンデレですか?w


 ではこうしたツンデレの陰で科学者や科学はどうなっているのか。調査捕鯨の永続自体が目的なら調査目的は達成困難で時間がかかるほど好ましく、また達成できなくても全く構わないわけです。生態系モデル構築が云々という泥沼化は、商業捕鯨延期と調査捕鯨継続の口実づくりにうってつけではないでしょうか。大本営傘下の科学者が受けるメリットがあるとすれば雇用と予算の確保です。また反捕鯨派の科学者は調査捕鯨を批判すればネイチャーやサイエンスに載りやすかったり(批判のコメントだけなら業績とはカウントされないが)、反捕鯨団体から講演依頼など来たりするかもしれません。こういった状況に満足する人もいるのかもしれませんが、本当にクジラの生物学に興味のある人にとってはクリエイティブな環境ではなく、鯨類科学自体にとっても好ましい状況ではありません。

 政治的には「問題解決を模索するより、お互いいがみ合っている方が安定する」、一種の双利共生なわけですが、この状況は科学にとっては不幸なのですよ。
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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