1)調査捕鯨の成果が一般的な科学者を納得させられるものではないこと
スネちゃま捕鯨を語る
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-15.html
満足ですか?
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-25.html
2)調査目的に対して大量捕殺という手段が適切でないということ
去年のニュースより
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-28.html
シートン俗物記:自滅する捕鯨 の軍団
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20080122/1200991642
3)大本営が流布する「鯨食害論」や「ミンクーシロナガス競合説」が疑似科学であること
…それはありえない
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-18.html
青い裸の鳥の王様
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-20.html
Lügner!
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-27.html
4)上記1〜3に対して国内の専門家の言論が封殺されていること、すなわち政治による科学の腐敗であること
Corruption
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-19.html
ルイセンコは死なず
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-21.html
以上の理由により調査捕鯨を中止するべきと考えています。税金で捕鯨をやることには私は反対しませんが、科学者に迷惑のかからないところでやってもらえませんかね。因に南極はサンクチュアリなので捕鯨禁止ですよ。専門知識の要らない信頼性の高い資料として以下のものを挙げておきます。
1)2)に関してはNature 435: 883-884 (2005)やScience 316: 532-534 (2007)が図書館などで手に入りやすいと思います。
3)については専門的な知識がなくても理解できますが、あえて挙げるなら、鯨類研究所や捕鯨協会が配布するパンフレットと動物愛護団体IFAWのパンフレットを比較してみるのがよいでしょう。そもそも一方は科学というレベルではないんですが。
4)については
PEW鯨類シンポジウム速報 第1回 および 第2回
「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」石井敦 世界(岩波書店)2008年3月号
参考:http://d.hatena.ne.jp/tomonee/20080208
An Alternative Explanation of Japan’s Whaling Diplomacy in the Post-Moratorium Era
Ishii & Okubo, Journal of International Wildlife Law and Policy 10:55-87 (2007)
「商業捕鯨モラトリアム以後における日本の捕鯨外交を新しい視点で読み解く」の日本語版要約(pdfファイル)
毎日新聞に掲載された粕谷先生のご意見
殺さずとも解明可能 「科学目的」に疑問−−帝京科学大教授・粕谷俊雄氏
国際捕鯨取締条約は確かに、加盟国に調査捕鯨を認めている。しかし、調査捕鯨の続行には問題が多い。理由は大きく分けて3点ある。
1点目は、実験動物の扱いとして適切なのか、という問題だ。多くの学会では、実験動物に必要以上の苦痛を与えないよう自主規制している。同条約はクジラを水産資源と見ている。しかし、クジラは人類共有の財産であり、加盟国の私有物ではない。1946年の条約調印から60年たち、世界の常識的な動物観に合わなくなってきている。それでも科学のために捕鯨を続けると言うのであれば、研究者のエゴイズムでしかない。
2点目は、調査捕鯨は同条約が認める「科学目的」なのかという問題だ。調査捕鯨の年間経費は約60億円。このうち国の補助金などを除いた約50億円をクジラ肉の売上金でまかなっている。売上金がなければ捕鯨関連団体は維持できず、船舶会社も捕鯨船の建造費などを回収できなくなる。この枠組みは「経済行為」そのものであり、そこには研究者の主体性が反映される余地などない。決して、同条約が認める「科学目的」ではないのだ。
3点目は、調査捕鯨の手法は科学的に妥当なのかという点だ。日本鯨類研究所は「致死的調査でなければデータが取れない」と主張する。しかし、生体組織の一部を取り出すだけでも、脂肪の含有量や妊娠率は分かる。餌の内容は糞(ふん)を採取すればよい。
第2期調査の最大の目的は「生態系モデルの構築」だ。現在、海洋におけるクジラ類の役割を解析するための生態系モデルがないことから、モデルづくりの必要性は理解できる。耳あかから得られる年齢情報だけは殺さなければ手に入らないが、まずは商業捕鯨と第1期調査で蓄積した膨大なデータを使ってモデルをつくり、足りないデータがあった場合に限って、調査捕鯨で補うべきだ。
私は80年代に水産庁に在籍し、調査捕鯨計画の立案にかかわった。その際、我々に与えられた条件は「経費をまかなえる頭数を捕鯨でき、しかも短期では終わらない調査内容の策定」だった。今では、法の網をくぐるような調査捕鯨の発足に手を貸したのは、うかつだったと悔やんでいる。
(毎日新聞 2005年10月3日)
など。そもそも捕鯨について積極的に意思表示をしている国内の海洋生物学者ってそんなにいないと思うのですが。明らかに間違っているのに反対の声をあげられないんじゃないでしょうか。日本のやっていることが正しいと思うならその正しさを機会あるごとに主張するはずです。これこそが政治による科学の腐敗の証左であると考えます。
調査捕鯨にこれだけ問題があるにもかかわらず捕鯨に関してはオール与党体制であり、政治家ってのはつくづく腐敗臭を好む生き物なのだと実感します。
http://www.e-kujira.or.jp/topic/coo/07/0509/index.html
http://polarisjcpmetal.blog78.fc2.com/blog-entry-450.html
ある程度の解決策は粕谷先生もご提案なされています。
第59回 ヒトと動物の関係学会 月例会:『人間とクジラの多様なつきあい方』
http://www.hars.gr.jp/katudo-houkoku/59th%20getureikai/59thmonthly.htm
粕谷先生のクジラ類研究は40年以上。(財)日本捕鯨協会鯨類研究所や水産遠洋水産研究所で研究に従事した経験から、日本が実施している調査捕鯨に対する考えをお話しくださった。捕鯨の歴史、商業捕鯨禁止にいたる経緯、調査捕鯨の法的根拠と政府の思惑などを前提に、政府管轄の研究施設では研究者の倫理を守ることが難しくなること、そして政府の方針にとって不利になる研究成果は発表しづらくなることを指摘。その結果、捕鯨に対する一方的なプロパガンダがなされることになることは問題だというお話だった。
クジラ類の研究施設は水産庁の管轄をはずれることが必要だと思うが、莫大な研究費をどうやって確保すればよいのかについては、まだ明確な答えはない。いずれにしろ調査捕鯨はやめるべきだと思う。法規制の枠外にあり、かなりの頭数が捕獲されている沿岸捕鯨については、漁民の生活もあるし徐々に消滅する方向で考えるのがいいのではないかという結論だった。
こちらで言われているテーマに沿うことかと思いますのでリンクしてみます。
http://8910-1000.at.webry.info/200801/article_25.html