3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

メンツ丸つぶれ

 (何度か書きましたが)私は捕鯨に関して大きな論争があるのはずっと知っていたのですが、「捕鯨に反対するのは非科学的で感情的」という俗論を何となく信じており、詳細な検証を行ったのは今年になってからです。その結果、普通の科学者なら日本の調査捕鯨に疑問を抱くのが当たり前、という結論になりました。

 この問題については国際政治などを専攻する東北大の石井先生がよく分析されており、捕鯨の「科学」がいかにおかしいか指摘されています。畑違いの人のほうが本職の生物学者よりもよくものを知っていたわけで、これは生物学者としてのメンツ丸つぶれなわけですよ(別に石井先生を恨むとかそういうことはありませんが)。生物学者は恥を知れ、と非難されても仕方ないと思うくらい恥ずべきことだと思います。政治家ならこう言うべきか。「不徳の致すところであり、誠に汗顔の至りであります。」

 まぁ、生物学者の端くれとしてこれほど恥じたことはないでしょう。壮絶に無根拠な思い込みをしていたわけです。。。

www.greenpeace.or.jp/campaign/oceans/whale/documents/evidence12-2 pdfファイルより抜粋

これは1970 年代前半から日本捕鯨協会が広報を外注した広告代理店が成功裡に捕鯨文化論を日本社会に浸透させたことが、今日まで日本社会に根を下ろしている遠因となっている。捕鯨文化論がそうした活動による政治的構築物であることは、1972 年にモラトリアムが国連人間環境会議(ストックホルム)で提案されたにも関わらず、朝日新聞と国会議事録の語句検索を行っても1979 年まで、捕鯨を日本文化と結びつける記述はほぼ皆無だったことから確認できる。同広告代理店によるマスコミ論説委員クラスと文化人の囲い込みが奏功した形である。


IWCでは日本政府代表団を除くほとんどすべての参加者が、日本が「科学」といえば通常の科学ではなく「日本の科学」を指している、と解釈していることに端的に表われている。


すべての材料を勘案すると、水産庁の本音は、経済的に成り立たないのを知りつつ商業捕鯨再開を建前に掲げる一方、モラトリアムによって“(科学)調査捕鯨”継続の国庫補助を正当化し、官僚の無謬性神話を維持することであると判断せざるをえない。


 今後も粛々と捕鯨推進論を血祭りにあげていく所存であります。
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