3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

3500-13-12-2-1(後編)

 前回までのあらすじ
9/7 Basel (CH)→(FL)→(A)→Immenstadt(D) 290 km
9/8 Immenstadt(D)→Passau(D) 350 km
9/9 Passau(D)→Brno(CZ) 370 km
9/10 Brno(CZ)
9/11 Brno(CZ)→Olomouc(CZ)→Brno(CZ) (電車)

3500-13-12-2-1
後半戦 長い道 Long long way home

 前半は読者を意識して丁寧体で書きましたが、後半は完全なる独り言なので普通体になります。

以下のことをご了承下さい これは人を感心させるような偉業の話でもなければ、単なる「ちょっぴり皮肉な物語」でもないし、少なくともそれは僕の望むところではない。 ?エルネスト・チェ・ゲバラ「モーターサイクル・ダイアリーズ」

ぼくら人間について、大地が、万巻の書より多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗するがためだ。人間というのは、障害物に対して戦う場合に、はじめて実力を発揮するものなのだ。 ?アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ「人間の土地」


9/12
 ヒンチーチェ訪問の後、ポーランドへ。欧州らしい街と道を予想していたが、そこに横たわるのは巨大な工業都市。日本の様に住宅地がメリハリなく続き、工事と渋滞と工場の煤煙が行く手を阻む。結局チェコ国境近くのCieszyn泊。「ZabadakのPoland」という印象は全く無し。
 Brno(CZ)→Cieszyn(PL) 390 km

9/13
 翌日チェコからスロバキアに入り、ハンガリー国境近くのKomarno泊。スロバキアはほとんど印象に残っていない。朝霧に包まれた山の上の城跡と戦車を運ぶ軍用車両くらい。
 Cieszyn(PL)→(CZ)→Komarno(SK) 380 km
装備
旅の正装

9/14
 ハンガリー縦断。ハンガリーは道の表示がわかりやすく、走りやすい。Balaton湖を半周してクロアチアへ。Balaton湖周辺は観光地で、ドイツナンバーをはじめ、欧州各地の自動車を見かけた。ハンガリーはいいところ。歯の治療に保険の利かないスイスではハンガリーに虫歯治療に行くツアーがあるというが、歯の治療でなくとも行く価値がある。いい気分でハンガリーを過ぎてクロアチアに入る。ここから先危険地帯。国境にはつきものの両替所が職務放棄しており、クロアチアの金(クーナ)なしでクロアチアを走ることに。ユーロをもっといてよかったぜ。
 Komarno(SK)→(H)→Spisic Bukovica(HR) 310 km
ハンガリー
ハンガリーのどっか

9/15
 宿で両替の後、外務省による「十分注意してください。」レベルの地域を走破。クロアチアは田舎。家禽が道路わきを歩き回り、馬車が農作業用に使われている。まるで昭和初期。Ivanic GradからSisakへ行くのに船で川を渡る。無料。30号線を南下してBIHとの国境沿いを走ったが、南下するにつれて廃墟が多くなり、また、壁に弾痕の残る家々が見られるようになる。ここは戦場だったのだ。沈鬱な村々を横目で見ながらBosanski Noviからボスニア・ヘルツェゴビナ入国。壁に弾痕があるのは変わりないが、予想に反して町は活気に満ちていた。美しい自然があるため、観光地としてにぎわっているらしい。キリル文字が使われているので一瞬あせったが、主要都市はローマ字表記があるので迷わずBihacへ。BIHもクロアチアもこの辺りは観光地らしく、活気があった。


「落とし穴は、アクビをしながら、君が来るのを、いつも待っている」 ?ますむら・ひろし


 再びクロアチアに入ってしばらくしたところで痛恨の大転倒。山道のカーブに砂礫がたまっていた。事故というのは、後からふりかえってみると、起るべくして起きている。オイル漏れとかはないみたいで、動作も正常でよかった。宇宙戦艦ヤマトみたいに満身創痍になりながら前へ進む。というか家へ帰る。ライダースウェアがなぜ牛皮(白玉粉に砂糖と水を加え加熱しながら練ったもの)で出来ているかよくわかった。牛皮はボロボロになるもケガは無し。グダグダになりながらBrinja泊。宿の夕食はビーフシチュー。言葉がわからなかったため、厨房で作っているものを見せてもらった。魔女の大鍋のシチューは魅力。今夏アドリア海ツーリングに行ったハーレー乗りは地雷注意の看板を見たというが、結局私は見なかった。
 Spicic Bukovica(HR)→(BIH)→Brinja(HR) 410 km
渡河
渡河
BIH
戦場跡。BIH
BIH2
美しい国
山河
山河あり
地雷なし
地雷はないみたいだ
戦争跡
秋にして草木深し
廃村
ひとけのない村
教会
Brinjaの教会。戦場ではないと思う
夕暮れ
Brinjaの夕暮れ
日没
日没

9/16
 Brinjaを朝発つ。霧なれども視界は100m以上。山に登ると霧は青みがかり濃くなったが、山を越えたところで晴れ、アドリア海が見えた。SenjからRijeka、スロベニアを通ってトリエステへ。「魔女の宅急便」のモデルとなった町がアドリア海沿岸にあると聞いていたが(クロアチア南端のDubrovnikみたいだ)、Senj、Rijekaのあたりもそういう雰囲気だった。「風の丘(久石譲)」と「海の見える丘(アクアマリン)」が交互に頭の中に流れ、気持ちが15年若返る。クロアチアは色々思い出深い。
アドリア海
アドリア海
senj
Senj
アドリア
海沿いを走る
アドリア2
満身創痍
魔女
「魔女の宅急便」ぽい

 スロベニアはちょっと通っただけなので全く印象に残らず。イタリアのガソリンスタンドは日曜休みのところが多く、カードも使えなかったので念のため早々に宿を取る。偶然泊まったUdineではワイン祭をやっていた。
 Brinja(HR)→(SLO)→Udine(I) 235 km
トリエステ
トリエステ
udine
Udine
udine2
Udine

9/17
 雨の山道をひた走る。北イタリアにもトルコ式のトイレがある。このトイレはどういう分布をしているのか。多くの廃墟を見た。
 Udine(I)→Brixen(I) 250 km
brixen
Brixen
brixen2
Brixen

9/18
 今日中にバーゼルへ帰り着けると予想。雨のイタリアからスイスへ入国すると晴。スイス人ではないが帰ってきたという思いがする。しかし景勝地サン・モリッツのあたりで雨。Julierpass(2284m)の頂上で吹雪。峠の茶店でコーヒーを飲んでいる間にバイクに雪が積もっていた。写真を撮る余裕もなく峠を下り、体力的にきつくなったSavogninでホテルへ。この辺りが夏山とウインタースポーツでにぎわう観光地でよかった。
 Brixen(I)→Savognin(CH) 255 km
イタリア
イタリアのどっか

9/19
 予定では山間部を走るつもりだったが、昨日のこともあり、高速道路を使ってバーゼルに。スイスは綺麗なところだと改めて思った。
 Savognin(CH)→Basel(CH) 250 km

 バーゼルに帰ってから、洗車したり洗濯したりと色々。あと、「無敵看板娘」のDVDをずっと見てた。ネットで誰かが言ってたけど、昔のアニメに通じる単純明快なバカバカしさが妙に懐かしい感じ。帰る家をなくした戦争難民の事とかばかり考えてたからか。くつろげる帰る家がある幸福。吹雪の中を走っている時は「もうたくさんだ!」と思ってたけど、今はまた地図を開いて次はどこに行こうかと夢想中。

うすバカライダーは、基本的にあまりしゃべらず理屈をこねず、黙々とただひたすらオートバイに乗る、静かなバカの人達です。  ?東陽片岡「うすバカ二輪伝」

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チェ・ゲバラ

1928年6月14日 - 1967年10月9日)は、アル

  • 2007/10/11(木) 12:29:40 |
  • ひなのblog

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