3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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R is for Rachel (2/5)

レはレイチェルのレ 第2話 マラリア防御はどう論じられているか

真実は、見せかけの真実が流す害に見合うだけの益を、世の中にもたらさない。 ラ・ロシュフコー


 DDTの話でよく出てくるスリランカのマラリア流行ですが、すでに日本語で詳しい解説がされています。

マラリア防御を概観した日本語で読めるネット上の文献はあります。
http://www.geocities.jp/katotetu2003/thesis/05nagamine.htm

スリランカはなぜ1964年にDDTの散布を中止したのか
http://sheepman.sakura.ne.jp/diary/?date=201207

 WHOによるスリランカのマラリア防御史レビューがあります(文献リストがなかったり図が抜け落ちていたりとまるで書きかけのレポートみたいにみえますが)。

History of Malaria and its control in Sri Lanka with emphasis on the 50 years following the eradication attempt
Fernando, Geneva World Health Organization (2009)
http://whosrilanka.healthrepository.org/handle/123456789/336
 これを読む限り、「沈黙の春」の影響を受けたDDT禁止によってスリランカのマラリア防御が失敗したという解釈は成り立ちません。

 他にスリランカのマラリアに言及した論文を探してヒットしたのがこれで、スリランカとサルディニアを比較しています。もしスリランカでマラリアが増えた理由がDDT禁止だとしたら、サルディニアでマラリアが撲滅された理由は何なのでしょう?DDT使用の有無が明暗を分けたのでしょうか?

Socioeconomic and demographic effects of malaria eradication: a comparison of Sri Lanka and Sardinia
Brown, Soc Sci Med 22: 847- (1986)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3529423

例えばメキシコはNAFTAの一環でDDT使用を中止しましたが、マラリアは増加したのでしょうか?
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12971694

一般的に言って、経済格差や貧困がマラリア防御の大きな障壁となってるんじゃないでしょうか。

Is malaria a disease of poverty? A review of the literature
Worrall et al., Trop Med Int Health 10: 1047- (2005)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16185240


 マラリアの再流行をレビューした論文がありました。これが今のところ一番と言ってもいいのではないでしょうか。

Malaria resurgence: a systematic review and assessment of its causes
Cohen et al., Malar J 11: 122- (2012)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22531245
 マラリア関連論文の体系的レビューを通じて、マラリア再流行の原因を、マラリアコントロールの弱体化、リソース不足、薬剤耐性種の出現などに求めています。過去10年間のマラリア防御は大きく前進しつつも再流行の危険性は去っていないこと、資金の問題こそがマラリア防御プログラムの最大の障壁であることを示し、科学よりも政治が大きな役割を果たしているとしています。
 マラリアコントロール弱体化の要因として予算不足、判断ミス、戦争や災害、意図的中止(期間限定の実験的プログラムや為政者の独断など)、住民の非協力などが列挙されています。DDTなどに使われる予算不足を引き起こした原因はすべて明らかではないとしつつ、具体例として挙げられているのは判断ミス(マラリアを制圧したと思ったが、予算削減後に再流行した)や、エチオピアやインドネシアの政変です。スリランカについては、監視の弱体化や人の移動が再流行の原因とまとめられています。また、戦争によるインフラやコミュニティの破壊がマラリア流行につながる例をあげた図4の中にはスリランカも含まれています(1983年の第1次イーラム戦争後、マラリア陽性率が上昇している。斯様に、スリランカのマラリア再流行は一度きりの話ではない。冒頭に挙げたWHOレポートの中にも、90年代の内戦による散布中断や、夜襲を恐れた住民がジャングルで夜を過ごしたことが記されている)。また、マラリア流行の可能性を高める要因としては、1)人や蚊の移動、2)土地利用の変化、3)気候、4)戦争、5)社会経済状況の悪化、さらに技術的問題として殺虫剤や薬剤への耐性が挙げられています。

 その他、マラリア防御のレビューをいくつか見てみましょう。

MALARIA: Current and Future Prospects for Control
Collins and Paskewitz, Annu Rev Entomol 40: 195- (1995)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7810986
 様々な要因がマラリア流行に関わることを論じています。マラリア原虫や蚊の薬剤耐性、マラリア媒介者の生態の多様さの前には単純で普遍的なマラリア防御法などないこと、加えて流行地における対策予算の問題があることを指摘しています。スリランカでのマラリア再流行については、1967年の流行に対してスプレーが再開されたが、ベクターはこのときDDT耐性を持っていたこと、代用のマラチオンは、いくつかのコミュニティでは反対論がでたこと、高価で頻繁な散布が必要であったとまとめられています。

Engineering and malaria control: learning from the past 100 years
Konradsen et al., Acta Trop 89: 99- (2004)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14732233

Without detailed knowledge of the ecology of the local vector and the epidemiology of the disease any intervention will be a shot in the dark or may potentially do more harm than good.


 20世紀前半のアジア地域での農業や灌漑などの土地管理を通じたマラリア媒介昆虫制御を概観し、これらは地域固有の制約もあるが、現代でもなお通用する有用性があると論じています。

Malaria Management: Past, Present, and Future
Enayati and Hemingway, Annu Rev Entomol 55: 569- (2010)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19754246
 比較的最近のレビューですが、登場した当初絶大な威力を発揮したDDTが結局マラリアを防げなかった理由について、技術的問題、運用上の問題、予算不足、政治的問題としています。政治的問題の具体例は挙げていませんし、「沈黙の春」への言及もありません。対策の現状については室内残留噴霧と殺虫剤入蚊帳の使用、今後についてはワクチン開発や種々のベクターコントロールに触れています。DDT使用については否定していませんが、とくに推薦もしていません。

 以上、マラリア防御に関する論文をいくつか見てみましたが、カーソンや「沈黙の春」に触れているものはありませんでした。DDT禁止でマラリア再流行という理屈は非常にわかりやすいものですが、上記の文献が示すとおり、現実はそれほど単純なものではありません。鯨食害論にしろ南京大虐殺否定論にしろ、その理屈は素人にも理解しやすいものですが、専門家がそれらを支持しないのとよく似ています。DDT自体に焦点を当てた論説ではカーソンに言及しているものもありますが、「沈黙の春」がマラリアの再流行の主たる原因と主張するものはやはり見当たりません。

Balancing risks on the backs of the poor
Attaran et al., Nat Med 6: 729- (2000)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10888909
 DDT室内残留噴霧は耐性蚊にすら忌避効果があることなどを挙げてDDTが対マラリアの有効なツールであることを強調し、DDT使用に難色を示す環境保護主義者達を非難していますが、その環境保護主義者達のせいでマラリア対策がどの程度遅らされたのか、具体的な文献やデータは挙げられていません。また著者達が同時に強調しているのは資金の不足です。文中でインドの事情が例示されていますが、最も安価なDDTのみに集中してもなお予算が足りない状況です。ちなみに以前紹介したRogan and Chen, 2005によれば、DDTが最も有効なマラリア対策であることを示した研究はないそうです。

 DDTはマラリア対策に有効(だからこそWHOも使用を解禁奨励した)であっても、その効果を発揮するためには、適切に管理運用されるという条件が必要になります。たとえばDDTの有用性を訴えるCurtis and Linesも、マラリア対策用のDDTが別の目的(農業用など)に違法流用される可能性を指摘しています。
 
 まとめるならば、マラリア問題は貧困のほか、マラリア原虫や媒介昆虫の生態の多様性や人間の行動など複数の要因からなり、さらに場所ごとに条件は様々であるため、DDTを含む有効な手段はいくつかあっても、唯一無二の解決策は存在しないということです。マラリアは環境の複雑さを象徴する問題でもあるため、対策も医学自然科学だけにとどまらず、社会的政治的対応も必要になります。病原の生態の複雑さに加え、社会経済的要因が現代でもマラリア根絶を困難なものにしているという要約なら専門家にもOKがもらえるでしょう。

 一方で、マラリア再流行の主な原因として「沈黙の春」を挙げる専門家はどの時期にもいなかったことが、マラリア流行の原因を論じた論文にレイチェル・カーソンのレの字も出てこないことからわかります。上でマラリア再流行をレビューしたCohenらはさらに慎重で、文献検索では見逃した原因があるかもしれないと論じていますが、「沈黙の春」が再流行の原因であるという証拠を挙げる責任があるのはそれを主張する側です。「煙がないのが火のある証拠」という論法は陰謀論で使われるものであっても、科学では使えません。

 また、DDTの毒性について、現在も報告がないわけではないということは記しておきます。室内残留噴霧で使われるDDTの人間や環境への影響は今後もモニターされなければならないとBornmanらは述べています。DDTをマラリア防御の選択肢から外すべきではないという意見に私は反対しませんが、人体や環境への影響に懸念を持つのは当然のことで、注意が払われなければなりません。これは、第4話で紹介するGuillette and Iguchiの論説にも関連する主張です。

In any consideration of the control of malaria, we need to keep in mind the enormous heterogeneity in malaria as a public health problem. (...) We must remember the lesson of the now abandoned global malaria eradication campaign: Malaria cannot be dealt with as a single and uniform worldwide problem, susceptible to one global control strategy.
Collins and Paskewitz,1995



前の話 R is for Rachel (1/5)
次の話 R is for Rachel (3/5)
2013 12 29 追記

http://www.ted.com/talks/sonia_shah_3_reasons_we_still_haven_t_gotten_rid_of_malaria.html
ソニア・シャー: いまだにマラリアを撲滅できない3つの理由

 上の講演はマラリア防除の課題として、科学、経済、文化の3つを論じています。本稿でもマラリア対策課題として貧困やリスクに曝される住民の価値観に少々言及しましたが、講演者のシャーはまさに経済と文化の重要性を説いています。マラリアそのものに対する技術的対応よりも、インフラ整備など社会環境の整備に重点をおいた方がより効果的であることがあるわけで。(私が自然科学のバックグラウンドを持つため、科学技術によるマラリア対策に注目しがちであることを認めざるを得ません。)
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