3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

差別の背景

 仮の話ですが、沖縄の米軍基地で事故が起きて沖縄が(福島みたいに)汚染されたとしましょう(参考:http://d.hatena.ne.jp/o-kojo2/20120221)。この事故をもって沖縄の人を汚物扱いする人間に比べれば、沖縄の産物を「買って支援」「食べて応援」しようという人の方がはるかにましなのかもしれません。ただ、私がそもそもの問題と思う点は、米軍基地が沖縄に押し付けられ、人びとの生活が基地に依存させられてきたという背景です。これこそが最も問われるべき差別ではないのか。そしてまた、過疎地に原発を押し付けるのも同様のことではないかと思うのです。現代科学技術の結晶たる原発のケツを拭いていたのが野宿労働者というのは笑う所でしょうか。

 今現在起きている福島差別もひどいようですが、差別者に放射能についての知識が欠落しているのは間違いないようです(自分はネットの伝聞しか知りませんが)。ただ、正しい知識さえ補えば問題の根本解決になるか?と問うなら答えは否でしょう。なぜなら、米軍基地押し付けも、原発押しつけも、国の政策上行われたことであり、一般人の知識の欠如にその根本原因を求める事は出来ないからです。正しい知識が普及しようが、差別を支える制度が変わらなければ差別は存在し続けます。こう考えるなら、福島差別は原発事故以前から潜在的にあったということになります。

 ハンセン病患者への差別について下のような議論と解説がありますが、「馬鹿共のした事」で片付けようとするのはまさに一種の欠如モデル的思考であり、それが科学技術社会論で批判されて来たのでははないかと思います。
http://togetter.com/li/278644
 他の差別の例でも、現代の部落差別を単に江戸時代の名残で説明出来るのかと問うている研究者もいます。差別者個々人以上に、差別を再生産し固定化する社会構造の問題を認識しなければいけないようです。この辺、確かに「文系」の人の方が得意なのかもしれませんが、「理系」であることはこうした人文系の学知を無視する事の免罪符にはなりません。

 差別に対抗するためには欠如モデルしかないのではないか、とこの間書きました。しかし、自然科学にとどまらない幅広い知見の集積(これは金の力に勝てるのはより大きな金の力と言っているようなものだが)と、積極的に政策を監視し参加するという民主主義社会なら当たり前の活動こそが欠如モデルの欠点を補いうるものではないかと今は思っています(これが公共的関与、対話モデルというものなのか)。個人の持つ知識の質と量にのみ注意がいってしまい、差別主義者が連綿と生み出される背景を問う事を見落としたのはうかつでした。

 制度化された差別を覆すのはかなり大変な事です。人種差別に抗ったキング牧師にも逮捕歴がありますが、今の日本で市民運動に逮捕者が出た場合、おめでたい人たちがどのような反応をするかはだいたい見当がつきます。秩序こそ正義の自称中立には何も期待出来ません。キング牧師は敵の言葉よりも善人の沈黙をより問題視していたようで、次のような言葉を残しているとか。

Injustice anywhere is a threat to justice everywhere.

The hottest place in Hell is reserved for those who remain neutral in times of great moral conflict.
スポンサーサイト

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://3500131221.blog120.fc2.com/tb.php/115-17768f1b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。