3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

5εK@1 N0 0vv@R1

 「こうして、世界は終わる」(ダイヤモンド社 刊)を読んだ。
http://www.diamond.co.jp/book/9784478064818.html

 タイトルは「西洋文明の崩壊~未来からの視座」みたいに直訳の方が良かったんじゃないかと思ったり。

 「Merchants of doubt」の著者であるオレスケスとコンウェイによるフィクションで、未来からみて現代がどのように記述されるかというコンセプトで書かれている。未来予想は常に外れるものなので、中央集権制だった中国が比較的上手に危機を乗り越え第二次中華人民共和国になるとか、2041年に熱波が襲来し暴動が起こるとかは微妙な所だろうが、このまま気候変動への対策がなされなければ現代文明が崩壊するというのはその通りなんじゃないかと思う。もっとも印象に残った所を以下に引用。

ハイエクは商業を奨励しながら、科学と産業は資本主義の発展と政治的自由の拡大に密接に関わっていると提唱した。二〇世紀半ばに、科学研究推進における政府の役割拡大を支持していた人々も、これと共通する見解を持っていた。
 しかし環境科学により、国民と自然環境を想定外の危険から守るためには、政府の介入が不可欠であることが示されると、炭素燃焼複合体は科学を、どんな手段を使ってでも倒すべき敵として扱い始めた。


 本書では言及されていないが、「沈黙の春」最終章「べつの道」の現代版とみることもできる。現代の重化学工業と、それと結びついた政治体制が指向する先にあるのは破滅である。

科学の知見を政策に活かすために
 未来の学問では「自然科学」というカテゴリーが存在しないという設定もこの本の興味深いポイントで、これからは科学技術とそれに関する政治政策を同時に扱うのが必要ということだろう。これは「クジラコンプレックス」で論じられている「科学技術評価局」とも関連しているのではないだろうか。日本では、科学者の知見が捕鯨政策に活かされることは全くなかったが、世界全体でも、人為的気候変動への対策について科学が政策に反映されなかったということである。漁業なんかも科学と政策の乖離著しい分野だろうから、この辺も科学と政策を統合する必要があるのだろう。
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