3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

R is for Rachel (3/5)

レはレイチェルのレ 第3話 私が支持されないのはどう考えてもお前らが悪い!

充分に検討せずに悪ときめつける性急さは、傲慢と怠惰のあらわれである。人は罪人を見つけようと欲して、罪状を検討する労を厭うのである。 ラ・ロシュフコー



 松永氏による記事は以前検証しました。参考:http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-119.html

 これ以外にも、畝山氏がACSHの記事をいくつか翻訳しています。

セイロン(現在のスリランカ)ではDDTの散布でマラリア患者が1948年の280万人から1963年の17人まで減少した。散布が中止され次の10年には250万人がマラリアになった。これまで効果的なDDTの代用品は見つかっていないため、マラリアによる死者は増え続けるだろう。

DDTとの破壊的戦争 
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20100916#p7


「沈黙の春」の真の遺産は、もしも保健当局がDDTを使用し続けていれば防ぐことができたであろう数百万人のマラリアによる死者である。

DDT禁止の遺産、レイチェルカーソンの遺産 
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20070607#p5


レイチェル・カーソンの恐怖本「沈黙の春」に感化された化学物質に反対する環境保護主義者たちが最も広く称賛されているこれまでで最大の殺人者であろう。

明日は世界マラリアデー 我々にはDDTデーが必要 
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20090427#p5


 以上、畝山氏が訳したACSHの記事を3つ見ました。最初の二つの記事はもうACSHのサイトには存在しないようですが、最後の記事は新しいアドレスで閲覧できます。どれも「沈黙の春」がマラリア感染拡大の引き金になった証拠となる研究を挙げていません。引用した部分が嘘であることは前回挙げた文献を読めばわかるでしょう。証拠もなしに「沈黙の春」が恐怖本だとか、DDTを使わなければ死者は増え続けるとか、煽りまくりです。

こんなに悲しいグラフがあるんだ-DDTについて考える-
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak386_390.html#388-A

 ここで語られていることの不正確さについては既に指摘済み。参考:http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/33176871.html (2014.7.8追記 さらにこちらの専門家の意見も参照されたし。http://minato.sip21c.org/memo/20070605.html

環境保全の名の下に、これだけ多くの患者さんを見殺しにしてしまった。世界全体で見れば、この数十倍の人を。もし、この犠牲者が先進国の人なら、いくら環境保全のため良かれと思ってといっても、全面禁止がこうも長く続かなかったと思う。これが長く続いたのは、犠牲者が途上国の人だったからということはないのだろうか。
http://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/zak386_390.html#388-A


 DDT使用禁止がマラリア流行の原因であるという根拠はどこにあるんでしょうか。でも後半はたぶん正しいですよ、中西センセ〜。我々が欲しかったのはカーソンを非難し環境保護を軽視するための口実であり、マラリアで死んでいく子供なんかはどうでもよかったのです。著書の中でDDTのリスクとベネフィットを論じられたそうですが、(家のタイプが適していれば)DDT室内残留噴霧でマラリア蚊を防げる可能性、DDTがトコジラミを活性化させる可能性、内分泌などへの影響、環境への影響、住民の価値観と受容などが当然論じられていることと思います。

 こうして抹殺されたDDTですが、最近の研究によって少なくともヒトに対しては発癌性がないことがわかっています。また環境残存性に関しても、普通の土壌では細菌によって2週間で消化され、海水中でも1ヶ月で9割が分解されることがわかっています。
http://www.org-chem.org/yuuki/DDT/DDT.html


 ヒトに対して発がん性がないと断言できるのに最近でもこういう論文が発表されるのはなぜでしょうか?そして海水中では1ヶ月で9割が分解されるけど、いまでも海獣に蓄積したり母乳中のDDT濃度は昔と比べて変わらなかったりするんですね。分解条件の違いなのか生物濃縮なのかは知りませんが、あんまり安心できない話です。ちなみにWolff et al., 2000によればDDTの代謝産物であるDDEの半減期は約10年だそうです。

スリランカでは1948年から62年までDDTの定期散布を行ない、それまで年間250万を数えたマラリア患者の数は31人にまで激減しました。この数はDDTが禁止されてから5年のうちに、もとの250万人まで逆戻りしています。
http://www.org-chem.org/yuuki/DDT/DDT.html


 スリランカのマラリア増加の原因をDDT禁止に求めるのが正確でないのは前回述べました。読者を誤読させるテクニックは科学には相応しくないものです。

 上の4つがネットでよく参照されているもののようです。以下拾ったものを列挙。

1962年、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」でDDTによる生態系破壊が報告され、鳥類個体数の減少等が指摘されたのをきっかけに、世界的にDDTの製造・使用が禁止された。これに伴い、熱帯地域を中心にマラリアが蔓延することとなった。
www.mizuho-ir.co.jp/publication/column/2013/kankyo0802.html


 ここで挙げられている参考文献はマラリア被害を報告したものであっても、「沈黙の春」の影響には触れられていません。ストックホルム条約でもマラリア対策としてのDDT使用は認められています。ナントカ総研の発表が科学でなく占いであるのはよくあることです。

レイチェル・カーソンの「沈黙の春」をキッカケに大騒ぎした自然保護運動家がDDT禁止措置を勝ち取ったが、結局そのことにより東南アジア、アフリカの幼児を中心にマラリアによる死者が激増したよね。一見すると善意の運動が未必の故意による未曾有の大量死を引き起こしている。しかもDDTは一部の鳥類や生物を除いて影響が少ない優れた殺虫剤であることが後でわかっている。あの自然保護運動をしていた人たちは誰も反省することなく、そして自分たちのやってきた運動により、死ななくてよかった子供たちが大量にいるのにも関わらず、そのことをガン無視しているわけだから、どれだけ罪深いことだろう。
http://h-yamaguchi.tumblr.com/post/29402478484


 このtumblrというのの仕組みがよくわからんのですが、「”引用無罪”というスローガンのもとに画像、文章等ジャンルを問わずあらゆるコンテンツが日夜無断転載されているインターネットの墓場みたいなサイト」だそうです。

 何度でも言いますが、DDT禁止でマラリアによる死者が激増したという一般化は間違いです。マラリアについて何か調べたわけでもないのに、マラリアによる死者をダシにして環境保護運動を攻撃して恥じ入ることがないのだから救いがありません。Apemanさんは、池田信夫氏のツイートを例に修正主義の核心を「権利を主張する“弱者”」への憎悪としていますが、奇しくもこのtumblrの記事にも池田氏の記事へのリンクがあります。

このように科学に対する狂信的とも言える不信感と予防原則と市民運動が引き起こした災禍は過去に引きも切らないよな。反科学+予防原則+市民運動というのは、現代社会において最も危険で致死的な組合せだよ。
http://h-yamaguchi.tumblr.com/post/29402478484


 科学を歪めているのはDDT禁止のせいでマラリアが〜と言っている人たちですが、そういう人達は科学という言葉が大好きで、予防原則や市民運動が大嫌いなようです。DDTの環境や健康への影響は絶対にないとは言い切れないのが現在の科学ですし、被害が絶対ないと言い切れない以上慎重になるのは当然です。ところが、修正主義者が利用する「科学」はそうした不確かさをうまいことごまかします。「他のリスクが云々」とか。修正主義の核心に権利を主張する者への憎悪があるのは間違いないようで。

 以下さらにモグラ叩きが続きます。

「毒かどうかは量の問題」というありがたいお経を唱えればカーソンのせいでマラリア蔓延というウソを言っても許されるのか。
http://psychology.jugem.cc/?eid=59

ツイッターでデマを流すボットがあるよ。何と非倫理的な行為であろうか。
https://twitter.com/rinritan/status/371498288609886208

統一協会。
http://hiroshi-kobayashi.at.webry.info/200805/article_16.html

ネット右翼。
http://conservative.jugem.jp/?eid=343

「科学を恣意的に無視することで人命を軽視している」のは誰?
http://ameblo.jp/zabutonteisyu924/entry-10527929468.html

すばらしき哉、研究者の科学リテラシー!
http://blog.goo.ne.jp/torajya3291/e/7c43d4588e9726bd9d416538d7fca712

ストックホルム条約でもマラリアに対してのDDT使用は認められています。つまりDDTは全廃されていません。その程度のリテラシーで人々を啓蒙してくださるんですか。懐疑論者とは随分滑稽な人種です。
https://twitter.com/sayakatake/status/366000135391559681

「そして今も、それが使えない悔しさに、涙する人たちがいることを。」経済格差もカーソンのせいか。
http://plaza.rakuten.co.jp/kopanda06/diary/200709150000/

反骨の科学者でもこうなのか。というか科学者なら他分野のことでも論文くらい読め。
https://twitter.com/gaitifujiyama/status/174543153532112896

DDTの使用を中止したためマラリアが撲滅できないと言っている専門家がいるのか?
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2008_25164/slides/01/9.html

 「沈黙の春」のせいでマラリア流行という話のほとんどには参考文献がありませんし、仮に挙げているものがあったとしても、「沈黙の春」のせいでマラリア防御に失敗したことを示す具体的事例ではないわけです。典型的な都市伝説のパターンと言えましょう。そして実際のマラリア防御の歴史がどう論じられているかは既に見たとおり。DDTを使えないためにアフリカの子供達がバタバタ死んでいくとか言ってるけど、お前らカーソンを非難できる口実が欲しいだけでマラリアのガキ共なんて本当はどうでもいいんだろ?と小一時間問いつめたい。

 実際のマラリア防御は、人口動態・貧困・教育などの社会状況、病原の生態、薬剤の使用と耐性、治療法の改善、ワクチン開発の模索といった多種多様なプログラムを含んでおり、これらを流行地特有の条件を考慮しつつ運用するものです。マラリアの再流行の原因をDDT禁止だけに求める専門家は存在しません。DDTさえ撒いていればマラリアを防げたという主張は、万能細菌さえバラまけば環境浄化できるというニセ科学とよく似ています。「ニセ科学は実に小気味よく断言してくれます。この思い切りのよさは決して本物の科学には期待出来ないものです」(と誰かが言ってましたね)。マラリア関連の論文を探して読んでまとめるのに私は数ヶ月かかりました(しかも読んでいるうちにさらに読むべき文献が増えていく)が、ニセ科学は短い記事一つでマラリア蔓延の責任をレイチェル・カーソンや環境保護運動に押し付けています。ニセ科学の観点からEM菌の問題を扱っている人ならばカーソンのせいでマラリア蔓延というのがウソであることをたちどころに見抜けることでしょう(私の観測範囲ではそういう人はいなかったが。この記事によれば松永氏はEM菌を問題にしているとか)。

 このデマに単に騙されているだけの人もいるでしょうが、ACSHのレベルになると騙されているのではなく、騙しているのだと思います。いままで挙げた文献は、科学の訓練を積んだものならばPubmedなどを使って、いとも容易く見つけられるものです。科学を標榜する集団がカーソンを攻撃するのは、知的怠慢により騙されたというより、こちらの知的怠慢につけ込んでいるのでしょう。カーソンへの攻撃を修正主義と呼ぶのには充分な理由があります。ACSHとその信奉者は一見科学的な正確さを追求しているようにみえますが、本当の目的は「小さな嘘を暴くことで、大きな嘘を隠す(鉄腕バーディーEVOLUTION / ゆうきまさみ)」ことのようにみえます。ホメオパシーがどうのこうの言う人たちも捕鯨に関する日本政府大本営発表のウソには加担していましたし。疑似科学と科学を意図的に混同する人間が食品の安全を科学的に云々しているわけですが、これはミソとクソの区別をつけない人間がミソ汁を評論しているということであり、ちょっとしたホラーです。

あいつら来世はうんこに転生しろ! うんこからうんこの輪廻転生を繰り返せ!!
http://watamote.com/scene-vol3-021p/


 あの世のカーソンもきっとそう思っていることでしょう。

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R is for Rachel (2/5)

レはレイチェルのレ 第2話 マラリア防御はどう論じられているか

真実は、見せかけの真実が流す害に見合うだけの益を、世の中にもたらさない。 ラ・ロシュフコー


 DDTの話でよく出てくるスリランカのマラリア流行ですが、すでに日本語で詳しい解説がされています。

マラリア防御を概観した日本語で読めるネット上の文献はあります。
http://www.geocities.jp/katotetu2003/thesis/05nagamine.htm

スリランカはなぜ1964年にDDTの散布を中止したのか
http://sheepman.sakura.ne.jp/diary/?date=201207

 WHOによるスリランカのマラリア防御史レビューがあります(文献リストがなかったり図が抜け落ちていたりとまるで書きかけのレポートみたいにみえますが)。

History of Malaria and its control in Sri Lanka with emphasis on the 50 years following the eradication attempt
Fernando, Geneva World Health Organization (2009)
http://whosrilanka.healthrepository.org/handle/123456789/336
 これを読む限り、「沈黙の春」の影響を受けたDDT禁止によってスリランカのマラリア防御が失敗したという解釈は成り立ちません。

 他にスリランカのマラリアに言及した論文を探してヒットしたのがこれで、スリランカとサルディニアを比較しています。もしスリランカでマラリアが増えた理由がDDT禁止だとしたら、サルディニアでマラリアが撲滅された理由は何なのでしょう?DDT使用の有無が明暗を分けたのでしょうか?

Socioeconomic and demographic effects of malaria eradication: a comparison of Sri Lanka and Sardinia
Brown, Soc Sci Med 22: 847- (1986)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/3529423

例えばメキシコはNAFTAの一環でDDT使用を中止しましたが、マラリアは増加したのでしょうか?
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12971694

一般的に言って、経済格差や貧困がマラリア防御の大きな障壁となってるんじゃないでしょうか。

Is malaria a disease of poverty? A review of the literature
Worrall et al., Trop Med Int Health 10: 1047- (2005)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/16185240


 マラリアの再流行をレビューした論文がありました。これが今のところ一番と言ってもいいのではないでしょうか。

Malaria resurgence: a systematic review and assessment of its causes
Cohen et al., Malar J 11: 122- (2012)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22531245
 マラリア関連論文の体系的レビューを通じて、マラリア再流行の原因を、マラリアコントロールの弱体化、リソース不足、薬剤耐性種の出現などに求めています。過去10年間のマラリア防御は大きく前進しつつも再流行の危険性は去っていないこと、資金の問題こそがマラリア防御プログラムの最大の障壁であることを示し、科学よりも政治が大きな役割を果たしているとしています。
 マラリアコントロール弱体化の要因として予算不足、判断ミス、戦争や災害、意図的中止(期間限定の実験的プログラムや為政者の独断など)、住民の非協力などが列挙されています。DDTなどに使われる予算不足を引き起こした原因はすべて明らかではないとしつつ、具体例として挙げられているのは判断ミス(マラリアを制圧したと思ったが、予算削減後に再流行した)や、エチオピアやインドネシアの政変です。スリランカについては、監視の弱体化や人の移動が再流行の原因とまとめられています。また、戦争によるインフラやコミュニティの破壊がマラリア流行につながる例をあげた図4の中にはスリランカも含まれています(1983年の第1次イーラム戦争後、マラリア陽性率が上昇している。斯様に、スリランカのマラリア再流行は一度きりの話ではない。冒頭に挙げたWHOレポートの中にも、90年代の内戦による散布中断や、夜襲を恐れた住民がジャングルで夜を過ごしたことが記されている)。また、マラリア流行の可能性を高める要因としては、1)人や蚊の移動、2)土地利用の変化、3)気候、4)戦争、5)社会経済状況の悪化、さらに技術的問題として殺虫剤や薬剤への耐性が挙げられています。

 その他、マラリア防御のレビューをいくつか見てみましょう。

MALARIA: Current and Future Prospects for Control
Collins and Paskewitz, Annu Rev Entomol 40: 195- (1995)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/7810986
 様々な要因がマラリア流行に関わることを論じています。マラリア原虫や蚊の薬剤耐性、マラリア媒介者の生態の多様さの前には単純で普遍的なマラリア防御法などないこと、加えて流行地における対策予算の問題があることを指摘しています。スリランカでのマラリア再流行については、1967年の流行に対してスプレーが再開されたが、ベクターはこのときDDT耐性を持っていたこと、代用のマラチオンは、いくつかのコミュニティでは反対論がでたこと、高価で頻繁な散布が必要であったとまとめられています。

Engineering and malaria control: learning from the past 100 years
Konradsen et al., Acta Trop 89: 99- (2004)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14732233

Without detailed knowledge of the ecology of the local vector and the epidemiology of the disease any intervention will be a shot in the dark or may potentially do more harm than good.


 20世紀前半のアジア地域での農業や灌漑などの土地管理を通じたマラリア媒介昆虫制御を概観し、これらは地域固有の制約もあるが、現代でもなお通用する有用性があると論じています。

Malaria Management: Past, Present, and Future
Enayati and Hemingway, Annu Rev Entomol 55: 569- (2010)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19754246
 比較的最近のレビューですが、登場した当初絶大な威力を発揮したDDTが結局マラリアを防げなかった理由について、技術的問題、運用上の問題、予算不足、政治的問題としています。政治的問題の具体例は挙げていませんし、「沈黙の春」への言及もありません。対策の現状については室内残留噴霧と殺虫剤入蚊帳の使用、今後についてはワクチン開発や種々のベクターコントロールに触れています。DDT使用については否定していませんが、とくに推薦もしていません。

 以上、マラリア防御に関する論文をいくつか見てみましたが、カーソンや「沈黙の春」に触れているものはありませんでした。DDT禁止でマラリア再流行という理屈は非常にわかりやすいものですが、上記の文献が示すとおり、現実はそれほど単純なものではありません。鯨食害論にしろ南京大虐殺否定論にしろ、その理屈は素人にも理解しやすいものですが、専門家がそれらを支持しないのとよく似ています。DDT自体に焦点を当てた論説ではカーソンに言及しているものもありますが、「沈黙の春」がマラリアの再流行の主たる原因と主張するものはやはり見当たりません。

Balancing risks on the backs of the poor
Attaran et al., Nat Med 6: 729- (2000)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10888909
 DDT室内残留噴霧は耐性蚊にすら忌避効果があることなどを挙げてDDTが対マラリアの有効なツールであることを強調し、DDT使用に難色を示す環境保護主義者達を非難していますが、その環境保護主義者達のせいでマラリア対策がどの程度遅らされたのか、具体的な文献やデータは挙げられていません。また著者達が同時に強調しているのは資金の不足です。文中でインドの事情が例示されていますが、最も安価なDDTのみに集中してもなお予算が足りない状況です。ちなみに以前紹介したRogan and Chen, 2005によれば、DDTが最も有効なマラリア対策であることを示した研究はないそうです。

 DDTはマラリア対策に有効(だからこそWHOも使用を解禁奨励した)であっても、その効果を発揮するためには、適切に管理運用されるという条件が必要になります。たとえばDDTの有用性を訴えるCurtis and Linesも、マラリア対策用のDDTが別の目的(農業用など)に違法流用される可能性を指摘しています。
 
 まとめるならば、マラリア問題は貧困のほか、マラリア原虫や媒介昆虫の生態の多様性や人間の行動など複数の要因からなり、さらに場所ごとに条件は様々であるため、DDTを含む有効な手段はいくつかあっても、唯一無二の解決策は存在しないということです。マラリアは環境の複雑さを象徴する問題でもあるため、対策も医学自然科学だけにとどまらず、社会的政治的対応も必要になります。病原の生態の複雑さに加え、社会経済的要因が現代でもマラリア根絶を困難なものにしているという要約なら専門家にもOKがもらえるでしょう。

 一方で、マラリア再流行の主な原因として「沈黙の春」を挙げる専門家はどの時期にもいなかったことが、マラリア流行の原因を論じた論文にレイチェル・カーソンのレの字も出てこないことからわかります。上でマラリア再流行をレビューしたCohenらはさらに慎重で、文献検索では見逃した原因があるかもしれないと論じていますが、「沈黙の春」が再流行の原因であるという証拠を挙げる責任があるのはそれを主張する側です。「煙がないのが火のある証拠」という論法は陰謀論で使われるものであっても、科学では使えません。

 また、DDTの毒性について、現在も報告がないわけではないということは記しておきます。室内残留噴霧で使われるDDTの人間や環境への影響は今後もモニターされなければならないとBornmanらは述べています。DDTをマラリア防御の選択肢から外すべきではないという意見に私は反対しませんが、人体や環境への影響に懸念を持つのは当然のことで、注意が払われなければなりません。これは、第4話で紹介するGuillette and Iguchiの論説にも関連する主張です。

In any consideration of the control of malaria, we need to keep in mind the enormous heterogeneity in malaria as a public health problem. (...) We must remember the lesson of the now abandoned global malaria eradication campaign: Malaria cannot be dealt with as a single and uniform worldwide problem, susceptible to one global control strategy.
Collins and Paskewitz,1995



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R is for Rachel (1/5)

レはレイチェルのレ 第1話 プロローグ

A lie is halfway round the world before the truth has got its boots on. Mark Twain


 以前にも触れたマラリア流行と「沈黙の春」の無関係さについてですが、もう少し書くべきことがあるように思います。レイチェル・カーソンのせいでマラリア蔓延という話に疑問を投げかけている人はすでにいました。

スリランカはなぜ1964年にDDTの散布を中止したのか
http://sheepman.sakura.ne.jp/diary/?date=201207

マラリアとDDTとWHO
http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/27558673.html

「悲しいグラフ」について
http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/33176871.html

スリランカと南アフリカ
http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/33214024.html

 「マラリアとDDTとWHO」は以前に書いた記事でもずいぶん参考(というか丸投げ)にさせてもらいました。上に挙げたこれらの記事で、マラリアの再流行をなんでもかんでもレイチェル・カーソンのせいにするのは不正確であるという点はおおいに首肯するものですが、desaixjpさんの記事には賛同しかねる部分もあります。

賛同出来ない点 1
 「スリランカと南アフリカ」の中で、南アフリカのマラリアの例について挙げられている文献がまともではありません。なぜかというと出所がCato Instituteだからです。Cato Instituteは、Wikipediaにも項目がありますが、地球温暖化懐疑論を呈するような連中です(「Merchants of doubt」にも出てくる)。DDTがマラリア防除に有効であること自体は一般に認められておりそれを示すまともな文献は他にもたくさんある中で、わざわざこれを挙げる理由がわかりません。詳しくは追記の方で。

賛同出来ない点 2
 「悲しいグラフ」についてで触れられている「カーソンの遺産のジャンクサイエンス」について、私はACSHの意見に賛同するものではありません。ACSHはサウンドサイエンスイデオロギーの牙城なのだから、彼らが「健全な科学」「ジャンクサイエンス」という言葉を使った時には特に警戒するようにしています。148回(Google scholarの表示 2013年9月の時点)引用されているこの論文↓が果たして「ゴミ」なのでしょうか?今後出来ることならばこの辺も追跡してみたいところです。

Environmental pollutants and breast cancer: epidemiologic studies
Brody et al., Cancer 109 (suppl 12): 2667- (2007)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17503436

賛同出来ない点 3
 さらに、desaixjpさんは、カーソンが存在しない発ガン性をでっち上げたといいますが、DDTに発ガン性がないことはそれほど確かなことなのでしょうか?

 確かに、「Merchants of doubt」にもDDTが禁止された時にはそれが発ガン性物質であるという証拠はなかったとあります。その一方で、「Silent Spring」には"In laboratory tests on animal subjects, DDT has produced suspicious liver tumours. ... Dr Hueper now gives DDT the definite rating of a 'chemical carcinogen'." と書いてあり(Chapter 14 One in Every Four)、根拠が全くなかったわけではないように見えます。そして現在、もしDDTに発ガン性がないことが科学的に確かというなら、どうして今年になってもこんな論文が出てくるのか?
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23913582

賛同出来ない点 4
 そしてカーソンはdesaixjpさんの言うとおり、「科学的とはいえない」のか?「沈黙の春」の現在の科学的評価は第4話で取り扱いますが、一般的に言って「沈黙の春」の中に間違いがあったとしても、それは当時としてはそのように書くだけの合理的根拠があったのではないかと(DDTに関する議論の歴史はカバーしきれないのでこれ以上やらないが)私は考えています。

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