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ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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羊たちの沈黙

われわれの悪行は、われわれの長所ほど、迫害や憎悪を招かないものだ。 ラ•ロシュフコー


 解体新書「捕鯨論争」(石井敦編著 新評論)を読みました。著者達の書いた物にはいくつか目を通していたのですが、よりクリアに理解出来たと思います。科学分野を担当したのがクラプハム先生だったのがなんとも。日本の鯨類研究者で捕鯨について旗幟を鮮明にしている人って少ないですよね。その沈黙こそ事実を物語っていると思いますが。

 クラプハム先生は第3章で調査捕鯨の科学性についてのレビューを担当しています。日本は科学調査の名目で必要も無いクジラの捕殺を続けているという私の理解はおおむね正しかったようです(あたりまえか)。科学を自称すれば科学になるのなら、ID論もゲーム脳も立派な科学です。ところがID論やゲーム脳なんかへの批判に比べると、調査捕鯨への科学的批判は日本国内ではあんまりないのでは。捕鯨会社を救済するためとか調査費をまかなえるようにするとか、動機からして科学と無縁の調査捕鯨に比べれば、ホメオパシーやゲーム脳の方が発想はよほどマトモです。これほど非科学的なものを科学に見せかけるのに一役買ったのはメディアによる宣伝でしょう。生物学者でも捕鯨を語らせるとトンチキな事になるのも、三十年に渡る重層的宣伝の賜物でしょうか。科学者といえども刷り込まれた先入観からは逃れられないのです。マスコミに濁点をつけたくらいで勝った気になっている人はよくいますが、実にあわれな人々です。

 第3章の終わりにクラプハム先生は代替案として非致死性調査の手法をいくつか述べています。しかし問題は、鯨研に属する研究者が非致死的調査手法を知らない事ではなく、非致死的調査手法に切り替えるという決断を出来ない所でしょう。以前に、この(逆予定調和と呼ばれる)相利共生的戦争ごっこの陰で不利益を被っているのは鯨類科学と研究者だと私は書きました。では、日本の鯨類科学の健全化のために何をすれば良いのか?

 かつて石井先生は岩波の「世界」に掲載された「なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか」(2008年)で、国会直属で官僚から独立した科学技術評価局の設置を提案していますが、本書ではこれには触れていません。この提案は現時点で実現するのは難しいかもしれません。さらに私が想像するにおそらく、第6章で解説されているように、日本では国会と官僚がずぶずぶに融合しているため、仮に科学技術評価局が設置されてもそれが充分な機能を果たせるか疑わしいからでしょう。

 その代わりか、石井先生はこの本の目論見を「オンブズマン型研究」と名付けています。近年、メディアリテラシー/科学リテラシー/サイエンスコミュニケーションなどの言葉をよく見かけるようになり、科学技術の知識をいかにして多くの非専門家に伝達し共有し、意思決定に寄与するかが重視され始めています。記者クラブを支配する政府発表に対する別の意見を求める拠り所になるものの一つはNGOですが、日本人はこれを育ててこなかったという指摘があります。
http://hiwihhi.com/katukawa/status/69301978433458176
http://hiwihhi.com/ishii_atsushi/status/69322374822117376

 各分野の専門家達が捕鯨問題をレビューし、(専門家向けの論文でなく)一般書として刊行するのは、政府発表に対するNGOのカウンターのような役割を果たす事が期待されます。話題になると良いのですが。虚構に満ちた反反捕鯨感情こそが官僚による税金の無駄遣いを許し、鯨類科学の健全な発展を妨げているものです。
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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