3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

本棚をあさって後悔したこと

 マグロの漁獲規制が報じられていた頃、近所の回転寿司屋にいったらマグロキャンペーン中でした。ロンドンでマグロ食を減らそうという宣伝があったのと対照的です。いったいこの違いは何に由来するのかと考えたのですが、人間の質には大差ないはずなので、政策を決定する人間たちの都合のもとに行なわれる宣伝のせいなのでしょう(つまり英国ではマグロで儲けている人間が少ないため、保護に抵抗がない)。ついでに寿司屋ではクジラベーコンもネタの中にありましたが、注文してみれば良かったと後悔しています。夜になると人気のものはネタ切れになるのですが(この日はなめろうなど)、果たして大トロ同様最高価格のクジラベーコンは売り切れるほど人気のあるものなのか。

さて、クジラクリッピング経由でいくつか。
http://kkneko.sblo.jp/article/36872863.html

yahoo掲示板の書き込みより
異常に多い混獲数/日韓Jストック
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?.mm=GN&action=m&board=1834578&tid=a45a4a2a1aabdt7afa1aaja7dfldbja4c0a1aa&sid=1834578&mid=43320

 混獲クジラに経済的価値があることから、混獲を減らす努力がなされないと批判されていますが、日本の混獲レポートを見ると申し開きのしようがありません。Yahoo掲示板で紹介されていたLukoschek et al., Animal Conservation 12:398–399 (2009) より表を抜粋。
Lukoschek-Table1
日本の混獲については以前に少し述べましたが、追加で韓国の混獲と水産庁の資料を。

韓国の混獲
http://www.enviroasia.info/news/news_detail.php3/K04022701J

平成20 年度国際漁業資源の現況 ミンククジラ オホーツク海―西太平洋
kokushi.job.affrc.go.jp/H20/H20_48.pdf

国際捕鯨委員会は、本系群に対する改訂管理方式(RMP)の適用試験(IWC 2002)を実施し、2003年の会合でその結果が報告された(Anon. 2003)。それによると、1,104 通りのシミュレーションを行い、商業捕獲枠が算出されたが、最も妥当性が高い系群構造の仮説では、平均で150 頭程度(最小63 頭、最大311 頭)の捕獲枠が算出された。これをもって本系群へのRMP 適用試験は終了した。


混獲と調査捕鯨をあわせるとRMPの最大値も超えてるんじゃないでしょうか。さてkknekoさんはこのように述べています。

文化や人種差別問題へのすり替えは、日本捕鯨協会の委託を受けた広告屋・国際PRの梅崎義人氏(現水産ジャーナリストの会会長)らが考案したものですが、マスコミや知識人層と呼ばれる人々の多くがプロパガンダをすんなり受け入れてしまった、そういう土壌がこの国にあったという紛れもない事実は、日本人としてたいへん悲しいことです。


帰省した時に本棚をあさっていて見つけた本の中に上の事例があったのでメモ。

生態学と社会 [経済・社会系学生のための生態学入門]  伊藤嘉昭著 東海大学出版会 1994
p.52-53にかけて、「クジラ捕獲禁止問題」と題して捕鯨問題を扱っています。引用しつつつっこみなども。

現在国際合意によってクジラの捕獲は種を問わず禁止されている(1993年ノルウェーは脱退したが)。クジラ料理はまだ見られるが、それは資源調査用にとられたものが少量で回っているだけである。日本やノルウェーは国際捕鯨委員会に何度も一部のクジラは絶滅のおそれがないと解禁を要請してきたが、これにたいしフランスなどは今後永久にクジラの漁獲を禁止する案を出そうとしてきた。日本には「クジラは利口だからとって食うな」という論理はキリスト教徒の独善だという声も強い。

   「生態学と社会」 より


 ノルウェーが商業捕鯨を再開したのはモラトリアムへの異議申し立てに基づくもの。IWCを脱退したのはアイスランドで、1992年のこと(2001年に再加入)。ノルウェーの国教がなんであるかをしらべてみれば「キリスト教徒の独善」云々という話が言及する価値のあるものかどうかは分かりそうなものですが。

だが、これだけでは、かつて日本が明らかに悪かったことへの反省がない。図7-付2は南極海におけるおもなクジラの種の捕獲数の変化である。1942年から1945年までのゼロに近い数字は戦争により出漁できなかったためである。しかし戦後、シロナガスクジラは一度戦前の2分の1ぐらいのレベルに達したのに、1950年頃より減少を始め、1960年前後にはほとんど絶滅寸前になった(1964年からのゼロは捕獲禁止による)。この主要な原因は日本の大企業による乱獲だった。シロナガスクジラの捕獲禁止後、日本企業はほこ先をナガスクジラに転じ、十数年高いレベルにあったナガスクジラを数年で絶滅寸前に落とし込んだ。そのころからそれまで捕獲しなかったイワシクジラも対象となったが、これも1960年代後半に激減した。こうした乱獲は世界の抗議の中で行われ、日本政府は企業を助けるために「まだ絶滅のおそれはない」と言い続けてきたのである。しかしこのままいったなら3種の巨大なクジラが日本によって絶滅に追い込まれていたことは確実である。

   前掲書より


 図7-付2はDynamics of Populations から抜粋したもの。本記事ではめんどくせーので省略。ここは唯一まともなことがかかれている部分のようです。

この中で世界のクジラ漁獲禁止の声が高まった。ベトナム枯葉作戦で非難されていたアメリカ政府が目をそらすため反対運動をバックアップしたこともあった。そして全クジラの漁獲禁止が決定されたのである。
 この時期においても、一部のイルカをはじめ何種かのクジラは、かつての日本のやりかたでなく、個体群の知識にもとづく適切な管理のもとで漁獲すれば絶滅しないだろうということは専門家の間では定説に近かった。日本政府が1950年代に大型クジラの禁漁に同意していれば、沿岸の中小漁民の狩る小型クジラの禁漁にはいたらなかったと私は思う。

   前掲書より


「ベトナム枯葉作戦で非難されていたアメリカ政府が目をそらすため反対運動をバックアップしたこともあった」というのはまったくの事実無根であることが示されていますが、相当に信じ込まれているようです。信者が何を信じようが勝手ですが、真実は信仰の外側にあるのが世の常のようです。

もちろん「クジラは利口だから」「クジラは可愛いから」食うなという白人たちの意見にくみすることはない。キリスト教徒は聖書に書かれた動物は食っても良いが、他のものは駄目だというのだがこれはまったくの独善である(イスラム国家で豚肉を食べた白人が処刑されたら当事国は黙っていようか?)。ソウルオリンピックの際、韓国は犬の肉を食用に売ることを禁止した。しかしバルセロナオリンピックの際スペインは闘牛を禁止したりはしない。フランスでオリンピックが開かれるとき、フランス政府は決してフォアグラを禁止しないだろう。そもそもフランスは太平洋核実験でたくさんのクジラを殺してきたのである。

   前掲書より


 伊藤センセ?の頭の中ではノルウェーは白人国家でもキリスト教国でもないようです。中学生レベルの地理の知識もないとしか考えられません。こんなのが偉そうに大学生相手に教養を説くのだから世も末です。クジラやイルカの知能が高いという主張をする科学者がいるのは事実のようですが、メジャーな調査捕鯨批判や海獣研究の文献からジョンCリリーなどに行き着くことはあんまりないのでは。真面目に進化生物学を学んでいる限り、「ウイルス進化論」を知る機会がないのと同様で。海外の博物館の展示でも、鯨類の知能についてはごく控えめに書かれている程度であることから、科学者による捕鯨批判の歴史で一時的にでも「クジラの知能」が焦点になったことがあるのかどうかははなはだ疑問です(ウィキペディアを見てもなんら根拠となる出典が示されていません)。

結論を言おう。キリスト教徒の独善に従う必要はない。しかしクジラ漁獲への道は、まず、かつての日本の過ちへの反省を明らかにしたうえで、厳密な個体群研究を土台とした管理漁獲への道を提案すべきである。

   前掲書より


 まともなことも書いてある一方で、捕鯨外交史にしろ社会科にしろ基本的なところがかなり絶望的です。科学は善悪を判断するものではありませんが、日本の生物学者のこのお粗末さが捕鯨問題の正確な理解を阻んでいることを考えるならば、科学的に間違っているどころか、科学的に悪いとさえ言えてしまう事態ではないかと思います。やはり、捕鯨問題がここまでこじれたのはひとえに日本の生物学者の無能と怠慢によるものだと後世糾弾されるでしょう。
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

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