3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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どうしてそこまで自信過剰なのか

崖っぷちのポモ
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20081203/

ポモ系リベラルは気楽な稼業と来たもんだ?♪
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20081202/p1

テンプレを踏んでいることに気づかないテンプレ通りの人たち
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20081205

議論の作法を身につけているからこそ、知識人は公共的なのだ
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20081202/

♪戯れ男♪
俺は村中で一番 ポモだと言われた男
己惚れのぼせて得意顔 南京の事件を相対化♪

 南京事件についての議論はある程度の蓄積があります(例えばFogel, The Nanjing Massacre in History and Historiography. University of California Press (2000)など)。あった/なかったレベルの点について真面目に調べて正邪を判定できないというなら、確かな資料を探し出し理解するという学者としての基本的な能力を疑われても仕方ないのでは。地球温暖化についても同様です。
http://wiredvision.jp/blog/fujikura/200712/200712281200.html
http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka/ondanka.htm

 簡単に言えば、専門家が集団で認めているのにはそれなりの理由があるってことなんですよ。自分が正しいと思っても、より詳しく知っている人たちが違うと言っているなら、立ち止まって考え直すのが普通だと思うのですが。私は、分子生物学や進化生物学について素人の書いた記事にどこかしら間違いを見つけてしまいますし、逆に私も日々よく間違いをするので(この間の面接で、「Motor Neuron Diseaseについて知っていることを述べろ」と言われてパーキンソン病(PD)の話をしたら「PDはMNDじゃないだろが」と言われた)、少なくとも自分がスティーブン・グールドのような強靭な知性の持ち主ではないことだけはわかっているのですが。

 でまぁ、下の雁屋哲氏のブログを読んで。「狂気のグリーンピース」と題してニュースの中身はシーシェパードだし。MNDとPDの違いがわかっているのか?本当に星川氏の本やGPのサイトを読んだ上でこのようなことを言っているのでしょうか。

狂気のグリーンピース1
http://kariyatetsu.com/nikki/902.php

 科学調査を名目にしている調査捕鯨について、理路整然とその科学的正当性を説明できる第三者的専門家を見たことがないのが、私が捕鯨に反対する根拠なんですが。日本の生物学者のブログをいくつか見たところ、捕鯨のドン、大隅清治先生と血縁関係のある方はまぁおいとくとして、捕鯨に消極的な大御所も割といるようで。

我々はどうしてもザトウクジラを食べなければならないのか
http://shinka3.exblog.jp/7489141/

『商業捕鯨再参入、水産大手3社は否定 「良いことない」』 とは良いことだ
http://blog.goo.ne.jp/lazybones9/e/ca91c773f2efedde608516a30b3b31e8

調査捕鯨をやめるか中断するべき
http://mitsuhiro.exblog.jp/8903503/

 科学に身をおくものなら消極的なのも当然かと。ちょっと調べりゃこれくらいは出てくるもんね。

An Open Letter to the Government of Japan. Briand et al., The New York Times, May 20 (2002)
Japan's whaling plan under scrutiny. Nature 435: 883-884 (2005)
Killing Whales For Science? Science 316: 532-534 (2007)

 捕鯨日本が野蛮?スポーツハンティングとかも充分野蛮かもしれませんが、飢餓でもない国で個人的趣味の範囲を超えて、国民的支持のもと国家が主導して野生の哺乳類を狩る例ってそんなに見あたらないんじゃないかと。おまけに自国の(公式にその存在を認めていない)先住民の文化を「野蛮」だからと廃止させた連中が。

ところで鯨類研究所の理事の一人がこういっているんだが。
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000276_02.html

高橋 調査には、当然鯨の捕獲や処理の技術者が必要です。調査を続けることで、食料の流通だけでなく、捕鯨技術の維持にもつながっているといえます。


 クジラの大量捕殺が調査研究目的ではなく鯨肉目的であることを自白しているのです。「テロリストは実力で排除しろ」とネット右翼は怪気炎をあげますが、南極を鯨類保護区とする国際的な取り決めに従わないDQN国家にはそろそろ実力で制裁をするべきと、シーシェパードのボランティアたちも思っていることでしょう。自然公園で動植物の採取が禁止されるのは普通のことです。

 歴史的に見ても、日本は国際社会で伝統的に「捕鯨の問題児」でありつづけたのですよ。広告会社の宣伝のせいで「捕鯨の優等生」という自己イメージが作られていますが。この辺、kknekoさんが解説してくれています。
やる夫で学ぶ近代捕鯨史 番外編
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa1.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa2.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa3.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa4.htm

沿岸捕鯨には賛成という水産資源学の先生がこんなこと言ってるんですが。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_278.html

例えば、日本への輸出でヨーロッパウナギが絶滅寸前に追い込まれている。
このことはニュースで大々的に取り上げられたので、知っている人も多いだろう。
よその国の野生生物を絶滅寸前まで追い込んでおきながら、
多くの日本人はウナギが食べられなくなる心配しかしていない。
ヨーロッパの人たちはどう思うだろう?
ウナギを食べていた地方では、ウナギを食べられなくなってしまった。
日本人の乱食による食文化の破壊である。
こういうことをやっていて、日本の食文化を尊重しろと言っても説得力がない。
他国の文化を尊重する心根こそが、文化の本質だろう。


日本と言えばマグロの乱獲でも有名ですね。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/12/post_71.html

日本の水産行政のダメさ加減についても色々と。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/information/0130/

「自壊するマサバ漁業」「産官学の無責任トライアングル」「漁業復興に”言論の自由”を」「水産庁、水政審とも責任放棄」「税金使い『管理ごっこ』」「官の無誤謬性こそ問題」


一方そのころ蒙昧なる輩はこのビデオを絶賛していた。
http://jp.youtube.com/watch?v=JBvdwTQDxHo

「考えてもみて欲しい」
「捕鯨を続けたい国が種の絶滅を望むだろうか?」
「そんなはずがない!」


 ふーん。してみると日本はウナギとマグロとシシャモの絶滅は望んでいるんですね。「シシャモがなければカペリンを食べればいいじゃない」ってお前はどこのマリー・アントワネットだ!?日本人の感覚ではトキやニホンアシカが絶滅したのも、天然痘の撲滅同様、人類の功績に分類されるのです。外人が捕鯨にこだわる日本人を理解できないのも無理はありません。私にもわかりません。

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/12/post_428.html

また、私だって、最初から、水産庁の批判をしていたわけではありません。
今と同じようなことを、何年もソフトに主張してきました。でも、何も変わりませんでした。
数人の鼻がきく行政官が「言い訳」の準備をしただけです。
北海道の日本海側のスケトウダラが減少し、全く歯止めがかかっていません。
ニシンに続き、スケトウダラも崩壊したら、北海道の日本海側は危機的な状況になります。
マイワシは史上最低水準でなお強い漁獲にさらされているし、
サバの回復の芽をつみ、日本市場はノルウェーサバに席巻されています。
漁業者も、行政も、研究者も、徐々に変化をしていますが、現状ではあまりにも遅すぎます。
こういう状況で私に残された選択肢は外圧となり、変わらざるを得ない状況を作ることのみでした。

水産という閉鎖社会のなかで、一研究者が、役所や業界団体を批判するのは、容易なことではありません。
おもしろ半分にできることではなく、将来のキャリアを投げ出す覚悟でやってきました。
欧米のように、行政官が研究者の意見を尊重していれば、こんなことはしないですんだのです。
批判される側にはおもしろくないと思いますが、仕方がないことです。


 雁屋氏は日本人としてこれらのことに「罪を感じて」いるのでしょうか(美味しんぼは全部読んでいないのですが、こうした問題をどこかで扱っていると期待します)。一人二人がベジタリアンになったところで問題解決にはならないかもしれませんが、人口の一定数がベジタリアンであれば問題は軽減されます。全員が動物性タンパクの摂取をおさえるか、ベジタリアンになればかなりの軽減が期待できます。肉や魚を食い続けるよりは遥かにマシな態度といえましょう。

http://kariyatetsu.com/kosodate/210.php

しかも、1980年代に入って、日本の社会は急速に体制服従的になってきた。


 その一端が必要のない国際摩擦を引き起こす捕鯨万歳の姿勢なのだ、ということに気がつかないのでしょうか。捕鯨をめぐる無益な争いは充分避けうるものです。

日本の捕鯨外交を問い直す
www2s.biglobe.ne.jp/~stars/pdf/Ishii_Okubo_JIWLP_J.pdf

無軌道な3K新聞編集長
http://blog.goo.ne.jp/flagburner/e/f71895792aaff206cc3c906389f04905

 勝川先生にしろ粕谷先生にしろ、職務に忠実なのはしんどいことだけど美しいことだと思います。今までだらけきっていた我が身を痛切に反省し、研究者としての職務に邁進する所存です。
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テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

Plagiarism覚え書き

「研究者の行動規範」に反応する学生たちの心
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/06/14_c713.html

 学生のレポートを読んで思ったことなど。要約と論評の区別がつかないのは読書感想文なのに本のあらすじしか書いていないのと同じようなものでしょうし、それと比べれば確かにこのレポートの体裁は整っていますが、まだまだ改良の余地があるな、と。

 ひとまず本件から離れて学生レポート全般にまつわる一般的な問題を見てみましょう。

これは「犯罪」である
http://takayak.moe-nifty.com/episode2/2007/01/post_9440.html

wikipediaからコピペしたレポート
http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20080910


実は海外でもこういったレポート販売サイトがあり、問題になっているようです。
http://www.academon.com/
http://www.library.ualberta.ca/guides/plagiarism/papermills/index.cfm

 「友達のレポート丸写し」とかは、もはや注意だけで済まされる問題では無くなっており、一流大学なら単位認定取り消しや退学、さらに卒業認定取り消しもあり得るようです。学生でない人びとの剽窃・盗用についてはどうでしょうか。ちょっと思い出すだけでもこのようなものがあります。

「村山談話は間違った歴史認識」と言ってる人達の知識はこの程度です。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20081119

『「パクリ・盗作」スキャンダル事件史』で唐沢俊一のことが取り上げられていた。
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20081218

「ゴールドラッシュとカニバル(人肉食い)」パクリ対応表。
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20081008

他人のHP 丸写し海外視察報告 公明党 こっそり撤回
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-15/2007031504_04_0.html

ネット検索「ドンピシャリ」盗作判明 公明党福岡市議団の海外視察報告書
http://www.j-cast.com/2007/03/16006236.html

盗作の境界はどこ「科学史から消された女性たち」事件
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-258.html

 学生だけが厳しく罰せられるのも不公平なのでこうした人びともそれなりに罰せられるべきでしょう。ところで、「丸写し」は論外としても、引用文献を明記した上で酷似した文章を書くのはどうなんでしょう?剽窃、盗作に関連した記事を読んでみると、それもダメみたい。

科学者のための法律相談、承り本
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-823.html

お、この言い回しは使えるぞ!
え?このくだりは昔自分が書いたものではなかったか?
 語り口のうまい他人の論文のスタイルを盗む科学者たち


実際、論文において英語表現の盗用が問題になったケースがあります。
Turkish physicists face accusations of plagiarism
Brumfiel, Nature 449: 8 (2007)

非英語国民の心の叫び。
Plagiarism? No, we're just borrowing better English
Yilmaz, Nature 449: 658 (2007)

 いやまぁ、実際に読んでみると英語の問題だけじゃないみたいなんだけどさ。教育過程に於ける剽窃の防止には腐心しているようです。

E-Cheating: Electronic Plagiarism
Schiller, Journal of the American Dietetic Association 105: 1058-1061 (2005)

では以下のサイトなど紹介しつつ、複数のソースにあたり、物事を自分の言葉で表現しろと学生に説いています。(2番目のアルバータ大学のが特に親切)

http://www.web-miner.com/plagiarism
http://www.library.ualberta.ca/guides/plagiarism/why/index.cfm
http://www.antiplagiarism.com/

Learn how to paraphrase. Accept the aphorism that research papers should contain few direct quotes. Use the library for books and journal articles on your topic. Don’t limit your search to online sources. Remember that plagiarism is a crime. (Schiller, 2005)


 上の様にまるっと引用するのは楽なのと誤訳や不正確な要約を避けられるので私もブログではよくやりますが、実際の学術論文ではよっぽど重要なフレーズでない限りありえません。将来卒業論文を書く気があるのなら、授業のレポートは、まるっと引用で済まさずきちんと自分の言葉で書くようにしましょう。辞書を作る人も古い辞書のコピペで済ませているわけではありません。

 ようやく本題ですが、件の学生レポートの改良点の一つがここです。各個の事例についてネット上のソースを一つ挙げていますが、要約とソースが酷似しています。これは結構アウトなのでは。複数の情報源にあたり、それらを読んだ上で自分の言葉で事件の概要をまとめるようにすれば大分良くなるでしょう。あと、ネットのソースは出来るだけ公的なものを選ぶこと。韓国の例では、ネイチャーのサイトが良いでしょう。
http://www.nature.com/news/specials/hwang/index.html

 レポートにある各事件についての論評は凡庸の一言につきます(ここでも記述がソースと類似している部分がある)。勿論、研究の実際を知らない学生たちに5号館のつぶやきのような大胆なアイデアを求めるのは無理難題ですし、私自身も各事件について細切れに論評しろと言われると同じような事しか言えません。ただ、日本で同時多発的に起きた捏造と、韓国の生命科学会を広く巻き込んだスキャンダルを比較するなどすれば、もう少し面白い論評が出来るのではないでしょうか。政治が科学を腐敗させた例としてルイセンコ事件、韓国幹細胞スキャンダル、調査捕鯨などがあります。飲酒運転は良くないといくら言ってもやる奴は後を絶ちません。それにどう対処するかを真剣に考えると色々なデータが気になりだし、道徳の問題だけで終わらなくなるのと同様です。正直、倫理や道徳の訓話は聞き飽きました。

 一次稿はこんなものとして、改善すべき点を指摘してもう一度練り直すとかなり良いものが出来ると思います。テーマ自体が面白いのでもっと時間をかけられれば良いのですが。

おまけ:
 筑波大学の例では、長教授は「不当解雇」と抗弁しています。東大のRNA研究捏造事件も裁判になっていたはずですが、その辺どうなっているのでしょうか。
http://www.cho-teruji.org/

参考:
これでは核融合研究より農業再生を
http://blog.goo.ne.jp/lazybones9/e/088157c06f1afec0050f12eda9b233c2 【“Plagiarism覚え書き”の続きを読む】

十能が火掻き棒を嘲る

 目糞鼻糞をわらう、猿の尻笑い、と同様の意味を持つフランスのことわざだそうで、英語ではThe pot calls the kettle blackと表現されるとか。要するに人類共通の愚かさの一つなのでしょう。ちょっと気になることがあって昔の捏造事件をネットで眺めていたのですが、これなど読んで。

「研究者の行動規範」に反応する学生たちの心--独創力の創り方(14)
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/06/14_c713.html

 学生のレポートが紹介されているのですが、なんか韓国の幹細胞スキャンダルだけ書き方が変じゃね?と思いました。事件の概要を紹介する外部記事がここだけミョ?なブログだし。

 幹細胞捏造事件については、あれだけの事件でありながらソウル大学の公式サイトには今はもう説明はないようです。ただ、個人ブログならEP: end-pointのほうが充実してるし、南京事件などについて香ばしいことを言っているところをわざわざ挙げる理由がわからんのです。

 そもそも私は自分の経験(自分は「勤勉な」日本人ではないという自覚がある)から国民性とか民族性というものを信じていないし、国民・民族間の差異よりもその集団内での個人差の方が大きいと思うので、「韓国人の国民性」で幹細胞スキャンダルの本質を説明できるか、非常に疑問なんですが。

 で、ウィキペディアの黄禹錫の項目を見てみるとこれまた我が身に突き刺さるようなことが書いてありました。

国際社会からは、こういった学問的精神から遠くかけ離れた見当違いの政策が莫大な国家予算の無駄遣いを生み、様々な欲望が絡んだことが世界的捏造事件を引き起こした温床として批判されている


 「学問的精神から遠くかけ離れた見当違いの政策」と聞いて思い浮かべるのは、捏造事件とは全く関係ないが、水産庁主導で南極でやってる調査ほげ、、、。

韓国メディアのナショナリズム扇動の体質に問題があると指摘している。これはつまり世論形成施策をおこなう政府機能に対し各メディア組織が完全に一体化しているということであり、韓国の民主化が虚像であることをも意味している


 ふむふむ。ところで「捕鯨ナショナリズム煽る農水省の罪」という記事がAERAに掲載されたそうです。
参考:
http://kkneko.sblo.jp/article/13459966.html

また、例の論文では、

カレル・ヴァン・ウォルフレンの「日本システム」モデルによれば、国家としての明確な決定主体が存在しない日本システムは、1) “現実”の操作、2) 政治の文化化、3) 政治の非政治化により、国民の支持取りつけとシステムの自己維持を図ることを目的としている。例として、1 は記者クラブ制が代表するマスメディア管理、2 は国内外の政治論争で持ち出される反論の難しい固有文化論、3 は審議会制度が代表する政治権力の隠蔽と合意の偽装が挙げられる。また、米本昌平の「構造化されたパターナリズム」モデルによれば、官と民、財務省と他省庁、行政府と立法府のあいだで後者から前者への父権主義的権限付託が行われ(ex. 行政無謬論)、そのプロセスも不透明かつ非民主的である。ここでも行政に庇護された記者クラブの果たす役割が大きく、マスコミと官僚との互恵的な共生関係が、双方の属するシステムを維持している。

An Alternative Explanation of Japan’s Whaling Diplomacy in the Post-Moratorium Era.(GPの作製した要旨より抜粋)


と述べられています。日本の民主主義も虚像のようです。

それら伝統的なメディアの発信をうけ、インターネット上では「韓国ネット市民」ら、いわゆる「ネチズン」がネット上の烏合の衆と化して世論を席巻した。この点からは、大衆とメディア関係者の科学全般にわたるリテラシーの低さが、このような騒動を拡大助長したといえる。


 それなんてホゲ、、、。いやまぁ、幹細胞スキャンダルについて韓国社会の対応のまずさはあると思いますが、なんか日本もそれと似てるところがあるな、と思ってしまうんですよ。隣国についての仮借ない論評が同時に壮絶な自己分析になっているのです。

 ダイアーストレイツのソリッド・ロックは、人を指差して非難しても三本の指はお前の方を向いているとうたわれております。

http://www.lyricsfreak.com/d/dire+straits/solid+rock_20040771.html

嗚呼Retraction

Biophysical Journal 95:5487 (2008) より

 論文の二重投稿が発覚したため、編集部の決定により撤回と相成った模様。筆頭著者は博士課程の大学院生のよう。おそらく、博士号取得の条件としてある程度の論文数が要求されているのだろう。指導者である教授のウェブサイトを見たが、趣味とかは書いてあっても、発表論文のリストは見あたらなかった。ひょっとして昔からこんな事やってる?

論文ねつ造をなくする決定打
http://shinka3.exblog.jp/5654151

 この方法では若い研究者を評価できないという批判がありそうですが、もともと若い研究者は業績ではなく、実際に「本人」を見て評価すべきものです。そういう若者を、誰が書いたのかわからないような論文で評価しようとすること自体が間違っているのだと思います。


 論文の剽窃については究極とも言えるやり方がある。
http://en.wikipedia.org/wiki/Elias_Alsabti

 Sperdocが結果もアイデアもない時の論文の出し方を教えてくれているが。
http://www.lab-times.org/labtimes/backissue/LT_2008_05.html
57 superdoc
「結果がない?
 アイデアもない?
 それでも論文を出したい?
 簡単さ!」
「図書館の地下室に行って 前世紀の5、60年代の
 忘れられた実験法の論文を探すんだ。
 その結果を今の実験装置で再現して
 新規なものとして 売り込むのさ!」

 数直線上に単純に並ぶわけではない人の能力を評価するのは確かに苦労しますな。

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