3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っていたが。。。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

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漫才師

赤の女王とお茶を:科学の四象限について
http://d.hatena.ne.jp/sivad/20081027

科学の歴史は問題意識の歴史です。


 これは興味深い。知のための科学/人のための科学ってのはまるで捕鯨管理でのNMPとRMPの違いみたいではないかと。捕鯨管理方式の変遷は

国際捕鯨規制の科学と政治 大久保彩子 海洋政策研究 4: 35-51 (2007)
http://www.sof.or.jp/jp/report/index.php

で丁寧に解説されていますが(これを読んではじめて石井さんの言う「外交に影響与える科学」がどんなことを意味しているのかおぼろげに理解できた)、勝川さんも簡単に解説してくれています。

鯨害獣論について考えた
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2007/11/post_237.html

 クジラについての出来るだけ正確な生物学的情報を得た上での捕鯨管理を目指したNMPは何が正確な事実なのかについて科学者間の合意が得られず挫折。そこで科学的な不確実性があることを前提として、それでもなお安全な捕鯨管理の確立を目指したのがRMP。RMP/RMSについては理屈通りなら捕鯨禁止のサンクチュアリに匹敵するクジラ保護の効果があると論じられているにも関わらず、それを台無しにする形で日本が提唱し始めたのが「生態系モデル」。RMPですら完成に長い期間を要したことと、「生態系モデル」の問題設定はNMPと同様であること(すなわち科学者間の合意が極めて得にくいこと)から、日本の捕鯨外交の目的は商業捕鯨の再開ではなく、調査捕鯨の永続化にあると指摘されています。そもそも南極捕鯨再開に意欲的な企業もないうえ、仮にクジラの個体数が乱獲以前の状態に回復してもそこから安定的に得られる鯨肉は100万トンに満たないでしょう。現状では1万トン未満。数億人の飢餓人口を支えるには脆弱すぎます。

おまえってやつは大した漫才師だよ。冷凍グリーンピース一袋で、第三世界の飢えた連中を救おうとするみたいなもんだ


 ?アーヴィン・ウェルシュ「トレインスポッティング」より

内田樹の研究室:会議と書類の大学
http://blog.tatsuru.com/2008/10/26_1313.php

5号館のつぶやき:「会議と書類の大学」はおとぎ話ではない
http://shinka3.exblog.jp/10016950/

 文科官僚の自己満足のために、さして重要でない書類作成にリソースをつぎ込んだあげく、肝心の研究・教育の活性が低下することが懸念されているわけですが、毎年南極の鯨類調査というネイチャーやサイエンスへのポールポジションを約束された研究調査を行いながら論文が出せない例の団体を思い出してしまいます。一部の調査結果については絶賛されているそうですが、大局的にダメダメなのは必要のない捕殺と重要でない死体データの計測に人手や時間が割かれるからじゃないのかと思ったり。誰も望んでいない南極捕鯨を追求する日本の捕鯨科学はまさに飼いならせない不条理。

Dessine-moi un mouton
Apprivoiser l'absurdité du Monde


 ?Mylene Farmer 'Dessine-moi un mouton'
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スーホエ vs. 超超鯨

スーパー・ホエール ? 環境保護運動における作り話とシンボルの利用
http://luna.pos.to/whale/jpn_hna_super_w.html

捕鯨問題 日本政府による国際規範拒否の考察 平田恵子 (訳)山崎由希子

でも、Kalland and Moeran (1992)を引用しつつ、「スーパー鯨」について以下のようにまとめられています。

地球上最大の動物であり(シロナガスクジラ)
最大の脳を持ち(マッコウクジラ)
人懐こく(コククジラ)
絶滅の危機に瀕している(セミクジラ、シロナガスクジラ)

 いくつかのクジラの特徴を都合よくミックスしたもののようです。クジラの生物学についてあんまり知らない人は何となくこんなイメージを持っていそうです。

 それでは伝統的捕鯨文化を誇る日本人がもつ正しい鯨像を見てみましょう。
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000276_01.html

皮脂から油だけ採り、残りは捨ててしまう西洋と違い、日本は食用以外にも、皮脂はもちろん、内臓など70種もの部位を、完全利用してきました。


捕鯨の近代 塩崎俊彦 神戸山手大学紀要 7: 13-21 (2005)  より表を抜粋
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 実際の統計とよく言われる「日本人はクジラを余すところなく利用してきた」を矛盾なく両立させるためには、クジラの体脂肪率が大きく変化したと考えなければなりません。すなわち、人間が鯨油を使わなくなるとそれに合わせて脂肪分を減らす都合の良い生き物、それがクジラです。

http://www1.biz.biglobe.ne.jp/~zensui/o-06.htm

結局、畜肉類の増産には限界があり、1997年の30%増の約2億3000万tが限度と見られている。すると、100億人時代には7000万tの動物タンパクが不足するわけだ。そこでクジラである。クジラには人の手で餌をやる必要はまったくない。太陽エネルギーが育てたプランクトンを食べ、それを肉に変えて人間に供給する。


 7000万トン分の肉の供給源としてクジラが候補に挙がっています。クジラを食べて食料自給率を上げるとかよく言われていますね。私の知識では現状で供給できる鯨肉は1万トンがいいとこなんですが。仮にミンククジラ2000頭の捕獲で7000万トンの肉が供給できるとすると、ミンククジラ一頭で最低でも35000トン、非食用部位を考慮に入れると7万トンの体重が欲しいところ。ウルトラマン2人分の重量です。これはいくら何でも非現実的なので、クジラの個体数が乱獲以前のレベルに回復した場合を考えてみましょう。かつてのオリンピック方式捕鯨では年間16000BWUのクジラが捕獲されていました。シロナガスクジラに換算して1万6千頭分です。仮にこの捕獲数で資源を維持できるとしましょう。すると7000万トン分の肉を供給するためにはシロナガスクジラ一頭の重量は最低でも4375トン、食肉として利用できない部位があることを考えて8900トンくらいになるでしょうか。

 ところでこの梅崎氏、モラトリアムはベトナム戦争批判をかわす陰謀という本を出してこの説を広めた人ですが、以前にも書いた通り、精密な検証でこの説は完全に否定されています。女子大生はだませてもアタクシのような人間はだませなくてよ。そもそもIWCの会合でも日本側がこのように言ってるんですが。

 さて話を戻すと、人類を支えるタンパク源として頼もしい、一頭当り数千?数万トンの重量を誇る雄大な動物像が浮かんできます。しかし彼らはその体格に比して極めて小食ということになります。なぜならこんな巨大な動物が数十万頭も海にいながら、彼らが消費する魚介は人間の総漁獲量のせいぜい5倍だからです。

人間様の都合に合わせて体脂肪率を大きく変化させ(該当種なし)
人類の胃袋を満たすべく一頭当り数千?数万トンの重量を誇り(該当種なし)
その巨体の割には極めて小食で(該当種なし)
銛で殺せる程度に弱い(クジラ一般)

 捕鯨推進派の俗論をもとにするとこのような超超鯨像が見えてきます。もはや地球上の生物というより宇宙怪獣です。スーパーホエールの方がまだクジラの原型をとどめています。日本人が正しく理解しているのはクジラがどうやって殺されているのか、くらいでしょうか。

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アンケート

新情報センターの方々に教えてもらいたいものがあります。平成13年度 捕鯨に関する世論調査について
http://homepage1.nifty.com/IKAN/news/toukou/08021902.html

 これを最初に見た時はそんなに興味もわかなかったのですが、よく読んでみると確かになかなかおかしな話です。記事で指摘されている通り、1億円前後の金がかかりそう。しかもアンケートの設問に非常に条件が多く、誘導的なのがあからさまなんですが。

1 科学的根拠に基づく各国の捕鯨に対する賛否
  クジラの資源に悪影響が及ばないよう,科学的根拠に基づいて管理されれば,資源の豊富なミンク鯨等を対象に,決められた数だけ各国が捕鯨を行うことをどのように思うか


 アンケートのテクニックについてはパオロ・マッツァリーノが解説していましたね。
第20回 シェフの気まぐれ社会調査
http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson20.html

私もアンケートを作ってみました。

1 あなたは2002年にニューヨークタイムズ紙上でリチャード・ドーキンスや3人のノーベル賞受賞者を含む科学者たちが日本の調査捕鯨を批判し、公開質問状を出したことと、それに対して日本側がろくな回答を出来なかったことを知っています。
http://www.ualberta.ca/~inwr/issues/under_the_microscope.html
www.icrwhale.org/eng/NYTimes.pdf
回答
非常によく知っている
よく知っている
知っている

2 あなたは所謂「鯨食害論」が何の科学的証拠もないガセネタだということを知っています。
http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/7470934.stm
回答
非常によく知っている
よく知っている
知っている

3 あなたは「捕鯨は日本の伝統文化」という言説が広告屋によってつくられ、1970年代の後半からようやくマスコミで言われるようになったことを知っています。
www2s.biglobe.ne.jp/~stars/pdf/Ishii_Okubo_JIWLP_J.pdf
回答
非常によく知っている
よく知っている
知っている

4 あなたは「鯨は捨てるところがない」という話が、他の家畜(ウシ、ブタ、ニワトリなど)と具体的な廃棄率を比較したデータに基づいていないことを知っています。

回答
非常によく知っている
よく知っている
知っている

5 あなたは日本の近代捕鯨が鯨油目的の乱獲であったことを知っています。
http://3500131221.blog120.fc2.com/blog-entry-49.html
回答
非常によく知っている
よく知っている
知っている

6 あなたは捕鯨に反対です。

回答
非常に強く反対である
強く反対である
反対である 【“アンケート”の続きを読む】

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4800-16-14-2-1(最終回)

12日目 470km
Telc (CZ) 8:30
Beyharting (D) 18:00 Gasthaus zur Post Beyharting
バルカン半島では無用の長物だった冬用装備が役に立った。チェコでイノシシが道を横切った。危うくぶつかるところでかなりビビったが後ろの車もビビったようでそれ以降ものすごく車間距離をとっていた。去年はパスポートチェックがあった国境だが今年は誰もいなかった。親切なドイツのライダーに道を誘導してもらった。

チェコ。なだらかな平野と森

チェコ。ドイツ国境付近
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Passau(独)は古い歴史をもつ観光地でもある
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Beyhartingの宿の裏庭
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ウシも飼われている

13日目 250km
Beyharting (D) 8:30
Kressbronn (D) 15:30 Der Landgasthof
雨と寒気。南ドイツは気候が良ければそれなりに楽しい。ボーデン湖。湖畔を自転車で一周するツアーがあるようだ。予めホテルが決まっており、荷物は運んでくれるので自転車で走るだけ。
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ボーデン湖のヨットハーバー

最終日 260km
Kressbronn (D) 9:00
Basel (CH) 14:45
葡萄畑と美しい教会を見ながらボーデン湖畔を走る。シュバルツバルトを抜けてフライブルクからフランスに渡り、ライン川沿いにバーゼルへ。本当のところ、ドイツ側の方が見所があるのだが、両脇に雑草の生い茂るフランスの道の単調さが北関東らしく落ち着く。
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シュバルツバルト

いえらい いえらい

4800-16-14-2-1(その3)

9日目 430km
Szegalom (H) 8:00
Levoča (SK) 18:20 Hotel Barbakan
ハンガリー。幹線道路はまずまずだが田舎道になると凹凸が激しい。ハンガリーの道路標示のわかりやすさは独仏を遥かに超えて欧州ダントツである。Zahonyからウクライナ経由でスロバキア入りを試みるが、ウクライナの役人によればハンガリーからの方が近いというので国境で引き返してSatoraljaujhelyからスロバキア入り。パスポートチェックなしでスロバキアへ入れた。このあと一切パスポートチェックを受けること無くスイスまで戻ることになる。Levocaは美しい教会のある町。Marika Gombitovaというスロバキアの歌手が良い。
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赤丸は通行禁止を表すが、わざわざ馬車通行禁止というのはスイスでは見かけない
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ハンガリーの道はわかりやすい

10日目 260km
Levoča (SK) 9:00
Roznov pod Radhostem (CZ) 14:20 Hotel Eroplan
去年通ったスロバキアの道を逆方向へ。面白い名前のホテルがあったのでそこへ。木造建築の博物館があった。アルザスのEcomuseeのよう。
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Levočaの手前の町、スロバキアの城
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エロプラン
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かなり古い木造の教会
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中ではソーセージ作りを屠殺から解説

11日目 310km
Roznov (CZ) 9:00
Telč (CZ) 15:00 Hotel Pod Kastany
2年連続2度目のメンデルの生家訪問。村の近くでポーランド方面へ延びる高速道路を建設中。オロモウツ、ブルノを通ってドイツ方面へ。高速道路でも状態は悪い。朝食をほとんどとらなかったのでハンガーノック(?)になりTelčでホテルへ。そこが意外な観光地だったのは怪我の功名。宿屋の無い小さな村でも立派な教会があるのがチェコ。気候はもう秋。
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2年連続、2度目の訪問
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新しくなった礼拝堂
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メンデルの生家
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近くに高速道路が作られているがヒンチーチェは相変わらずの寒村
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テルチのホテル前の通り。しけた町にみえたが
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町の中心へ歩いていくと
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なかなかに美しい
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意外な観光地
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広場の噴水
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女学生が写生をしておった
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城の中庭
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城の中の教会
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広場

物語についての追記

 前に思いつきで物語の構造についてちょっと書いたのですが、こちらなど読んで。

『山口母子殺害事件』の物語変換プロジェクト
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-795.html

「一つの物語」を国家が押し付けることを極力止めることにしたのが欧米近代なのです。個人の「権利」とか「自由」とか「法」(の下の平等)というのは残し、それぞれの個人が「自分の物語」を持つ自由を許したのが近代ではないかと私は思っています。しかし日本の状況はそうはなっていません。公共圏も「公」「官」が独占してしまっているのです。


 この事件については、巡回先のブログ(例えばこちらなど)で話題になっていたのは覚えていますが、よく知りません。「お上が用意した筋書き」に従わないものは確たる証拠であれ関わる人間であれ排除される、ということでしょうか。そういえば退職を機に意見を変えた人捕鯨サークルの中にもいましたね。三崎さんの「転向」についてはkknekoさんがさらに詳しい解説をしてくれています。

商業捕鯨モラトリアム以後における日本の捕鯨外交を新しい視点で読み解く
石井、大久保 (要約 星川)
にはこのように書かれています。

米本昌平の「構造化されたパターナリズム」モデルによれば、官と民、財務省と他省庁、行政府と立法府のあいだで後者から前者への父権主義的権限付託が行われ(ex. 行政無謬論)、そのプロセスも不透明かつ非民主的である。ここでも行政に庇護された記者クラブの果たす役割が大きく、マスコミと官僚との互恵的な共生関係が、双方の属するシステムを維持している。


 「構造化されたパターナリズム」や「ウォルフレンの日本システム」は私の守備範囲からかなり外れるので立ち入れませんが、ひょっとしたら関係するかもしれない記述がありました。

捕鯨の近代 塩崎俊彦 神戸山手大学紀要 7: 13-21 (2005)

では、徳見光三著「長州捕鯨考」(1957刊、1971再刊)という本が挙げられています。

 世界の捕鯨業の発達はその鯨油を採取するということを先ず第一の目標として来たもので、わが国の捕鯨事業もこのことのみが重要目標で、その肉の食用化ということが一般に普及し始めたのは余程後年のことで、「江戸みやげ」という本に記された鯨肉食用の記事は遠く慶長にさかのぼるものといわれているが、実際に一般の食用に供されるようになったのはそれから更にずっと後世になってからであり、その赤肉がいまのように市中で販売され、一般の嗜好にも投じるようになった歴史は非常に浅いものである。(中略)
(略)
 従って、それが関西方面で早くも重要食品として取り上げられていたのに反して、関東方面ではこれが食用とされていたのはまことに微々たるものであり、殊に、鯨赤肉の生食などは全く関西方面においてさえ捕鯨浦付近を除いては自らその範囲も限られていた。これがいまのように大量に、広い範囲に利用消費され重要食品と見られるようになったのはここ四、五十年から前のことで、そのもっとも進出したのは終戦以後の食料不足に際してであるとさえいわれている。


 「長州捕鯨考」より上記を引用した上で、塩崎論文では「捕鯨産業を称揚すべき書物の中でこのような見解を述べることが可能であった事実のほうが重要であろう。同書が刊行された時期の捕鯨をめぐる言説を支える構造が、こんにちのそれとは大きく異なることにこそ注目しなければならない。商業捕鯨モラトリアム実施以後の、わが国の捕鯨をめぐる言説は、かなり不自由なものに変質したといえる。」と述べられています。

『なぜ調査捕鯨論争は繰り返されるのか』

 つまり、当初から調査捕鯨の立案に水産庁が政治的介入を行い、その結果、JARPAでは18年という長い研究期間が設定された。現在、漁業資源管理を専門とする学者の間では調査捕鯨に疑義を表明することはタブーであると聞く。IWCの科学委員会に出席している日本の科学者も日本政府に反する立場をとったことがほとんどないことを考えても、現在も捕鯨問題に関わる科学者の独立性は確保されていないと見るべきであろう。(中略)

 ある活動が科学とみなせるかどうかの判断基準の一つとして、政党や行政、企業の営利活動からの独立性が挙げられるが、これを満たしていないのが日本の調査捕鯨なのである。


(上記引用中の強調は私によるもの)
 何らかの政治的圧力を想定しない限り、日本の科学面のあのトンチキさは説明不能です。捕鯨問題がこじれた原因は一部水産官僚の官僚的本能行動(つまり自分の組織の予算と権益の維持・拡大を目的として活動すること)と広告屋の宣伝が「迫害される日本文化」という人口に膾炙する構図を演出できたことにあると私は解釈しています。「捕鯨問題は鯨だけにとどまらない」とか「クジラから世界が見える」とか、無内容な俗論は多くありますが、捕鯨問題に日本の縮図を見いだせてしまう点、言葉だけは正しいのかもしれません。下の言葉が(全く別の意味で)正しいのと同様に。

科学的な素養があまりにもないままだと、
第2の捕鯨や第3の捕鯨は、
いくらでもでてくるように思うんです。
それは、危険だなぁと感じています。


http://www.1101.com/2003_NEWYEAR/030102_science/ethics.html

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体脂肪率90%超

 日本とシーシェパードはやっぱり似ている、と思った。日本は被害妄想もたくましくクジラを乱獲したのは欧米と喚き立てる。例えばこれなど。
http://web.agr.ehime-u.ac.jp/~hosokawa/hogei2.html

鯨油だけを生産しクジラ資源を大量かつ無駄に浪費した欧米型の商業捕鯨は行ないません。


 事実はどうなのか。クジラは只の野生動物であり、産業利用上なんら神秘的性質を持っているものではない。江戸時代に鯨体が完全利用されていたのは当時の完璧なリサイクル社会(というのは言い過ぎかも。でもゴミの量は今よりはるかに少なかったはず -2013.11.29追記)という社会・産業構造に則ったからであり、クジラだけが完全利用できる特別な存在だったとは考えられない。明治以降脱亜入欧のスローガンのもと近代化を推進した日本においては社会・産業も急速に西欧化し、伝統捕鯨もノルウェー式捕鯨砲を用いる近代捕鯨方式に駆逐された。この潮流の中で鯨体の完全利用という「伝統」だけが何の影響も受けず維持されたと考えるのは難しく、欧米的近代捕鯨(=鯨油目的の乱獲競争)に日本も参入していったというのが実情ではないのか(さらに言えば、捕鯨産業は近代に入って大規模化したのだから伝統捕鯨のバックグラウンドをなんら持たない日本人が多く新規参入したはずである)。入手できる資料が示す日本の近代捕鯨の実体は「乱獲せず鯨体を完全利用する捕鯨の優等生」像とはかけ離れている(例:1930年代における日本近海コククジラ個体群の壊滅(星川、2007):戦前の国際捕鯨規制無視(真田、2006):戦後オリンピック捕鯨に関する証言(山下、2004):沿岸捕鯨記録改竄(近藤、2001)、など)。これらがむしろ例外なのだとすれば当然あるはずの、「近代化の過程においていかなる理由により、あるいはまたどのように、鯨体完全利用の『伝統』が維持されえたのか」を論じた学術文献は、検索した限り見つからなかった。「捕鯨文化の専門家」の言うことを見てみたが、広告屋の宣伝以上のものではない。
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000276_01.html

 それどころか、このような文献がひっかかってきた。

捕鯨の近代 両大戦間期の南氷洋捕鯨について 塩崎俊彦 神戸山手大学紀要 2005

 過去の新聞記事から日本人の捕鯨へのイメージを読み解く試みで、鯨油の捉え方についても丁寧に説明されており、鯨油は石油に匹敵する戦略物資だったということがよくわかる。最も重要なのはこの表だろう。
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 常識的に考えてこのデータから鯨体が常に完全利用されてきたといえるかどうかは明白だと思うが、こんな話もある。先生と学生たちが山登りに行った。山登りの途中で先生が貝の化石を見つけて生徒に聞いた。「ここに貝の化石があることは何を意味するか?」生徒其一答えて曰く「昔ここが海だったということです」。生徒其二答えて曰く「貝は山に棲んでいたのです、昔は」。鯨体を完全利用していたのだとすれば、戦前のクジラは体脂肪率90%を超えていたが、戦後なんらかの理由で体脂肪率50%前後になったという事になる。そういえば最近鯨研が出した論文でミンククジラの皮下脂肪が減少している(Konishi et al., 2008)というのがあったが、それとも符合している。

だがそれらは地域に密着した<文化>なのであって、これをただちに<日本の伝統的食文化>とするためには、かなりおおがかりな忘却のための装置が必要となる。なにを忘却するのか。なんのために忘却しなければならないのか。 ?前掲論文より抜粋


 広告屋の作り出した捕鯨史観(=広告史観)はどうしてこうも皇国史観と酷似するのか。自らの作り出したエリート像に自己陶酔する様は大日本帝国そのものである。最近ネットの一部で話題のこれとも似ている。

 かつて、我々の父祖は同じ過ちをアメリカに対して犯した。アメリカはどのような国かを冷静に認識し、分析するのを怠り、「どうせアメリカなんてこんなもんだろ」という発想で、うかうかと戦争を始めてしまった。その挙げ句が無条件降伏だ。


 「どうせ反捕鯨派なんて感情論だけなんだろ」とタカをくくっているうちに科学でも文化でもどえらい恥をさらしているのだ。総じて、日本で広く信じられている「捕鯨の優等生日本vs.感情的な欧米の文化的対立」という構図は事実とかけ離れた創作物であるとしか考えられない。

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_278.html

例えば、日本への輸出でヨーロッパウナギが絶滅寸前に追い込まれている。
このことはニュースで大々的に取り上げられたので、知っている人も多いだろう。
よその国の野生生物を絶滅寸前まで追い込んでおきながら、
多くの日本人はウナギが食べられなくなる心配しかしていない。
ヨーロッパの人たちはどう思うだろう?
ウナギを食べていた地方では、ウナギを食べられなくなってしまった。
日本人の乱食による食文化の破壊である。
こういうことをやっていて、日本の食文化を尊重しろと言っても説得力がない。
他国の文化を尊重する心根こそが、文化の本質だろう。


【日本が割り当ての倍を乱獲 ミナミマグロ管理機関が指摘】
http://himadesu.seesaa.net/article/29857786.html

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/12/post_71.html

ミナミマグロ不正漁獲は、すでに国際問題に発展している。
国内世論さえごまかせればそれで良いというレベルではない。
特に痛いのが、世界の研究者からの信用を失ったことだ。


 知性と良識をそなえた人間が日本の態度に懸念を抱くのは当然である。ウナギを食いつくし、マグロを食いつくし、それを恥とも思わない人間がクジラも食う事に反感を抱かない人間はおるまい。政府間交渉で何も解決しないのならば、とアナーキックな義憤にかられ「悪者」に制裁を加えようとする人間が一定の支持を集めるのは当然である。しかし、シーシェパードのやっていることは捕鯨問題については逆効果だし、日本にも多大な責任があるとはいえ、漁業資源の乱獲は世界的問題でもある。日本だけを悪者にしてやっつけても本質的解決にならないのだ。問題の具体的解決に寄与するという観点から見るとシーシェパードの行動はほとんど役に立たない。現実離れした漫画的な正義感に基づいた議論や行動をしているという点で両者は似通っている。あえて言おう、カスであると!

BGM:「コミック雑誌なんかいらない」頭脳警察

俺にはコミック雑誌なんかいらない
俺の周りは漫画だから


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4800-16-14-2-1(その2)

5日目 340km
Dubrovnik (HR) 8:30
Rozaje (MNE) 17:00 Restaurant Hotel Duga
モンテネグロは地中海性気候のスイスといった趣。渓谷沿いを走る。道がわからなかったのでアルバニアへは行かなかったが、ガススタであったチェコ人のライダーがPec(ペーチ、コソヴォの都市)を経由してギリシアまで行くと言っていたのでコソヴォへ行くことにした。
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ドゥブロヴニク。「魔女の宅急便」らしい。
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コトル湾

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モンテネグロの渓谷を行く

コトル湾に沿って走る

6日目 360km
Rozaje (MNE) 8:30
Knjazevac (SER) 16:20 Mali Predah
MNE→SER→KOS→SER。コソヴォ入り口で鉄条網とコンクリートバリケードと国連軍の装甲車がお出迎え。どえらいところに来ちまったなぁ、と思ったのもつかの間、共和国内部は至る所に国連軍が展開しており治安は極めて良いようだ。道路の状態も普通で、ホテルも営業している。紛争があったという知識が無ければ新しい家と新しい墓がやたらにある理由もわからないだろう。写真撮影禁止ゾーンというのもあったが。コソヴォ人がコソヴォへ入るのは大変なようで、セルビア警察がヤクの売人を取り調べるような執拗な検査をしていた。MNEとSERで転倒。セルビアの宿では結婚パーティーが行われていた。
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コソヴォに展開する国連軍
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コソヴォの家は新築が多い
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セルビアの宿近く。夏の夕暮れ

7日目 200km
Knjazevac (SER) 8:30
Drobeta-Turnu Severin (RO) 15:00 Motel Petrom
ブルガリア経由でルーマニアへ。セルビア、ブルガリア、ルーマニアのあたりでは馬車が農作業に使われている。ヤギの群を追うヤギ飼い、我が物顔で道を横切るアヒル、牛馬は放し飼いで柵もない。ブルガリアールーマニア間はドナウ川を船で渡らなければならず、トラックが行列を作っていた。この辺りを走るトラック運転手は国境越えに苦労する。かなり効率が悪い。何か意図があるのかと思うくらい効率が悪い。モーテルであった英国人ライダーはギリシアへ行くと言っていた。
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ブルガリアの平野
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国境を舟で渡る
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ドナウ川

ブルガリアの馬車

マーク・ノップラーのヨーロッパツアーもルーマニアには行っていない。機材車が入るのが困難だからだろう。
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(5月11日、プラハのコンサート会場)
旧ユーゴスラビア圏の感想
多様な民族・宗教が林立しており、チトー亡き後四分五裂してしまったわけだが、「図説バルカンの歴史(河出書房新社)」によれば別に民族対立は本質的なものではないようだ。何の問題も無く共存、混在していたところに対立を煽る者が現れた、というインタビュー記事を読んだことがある。対立を煽る者が現れたとき、どのように対処すればいいのかは前の総理大臣が教えてくれた。「フフン、私はあなたとは違うんです。そんなチープな話では踊れませんな。」

8日目 410km
D-T Severin (RO) 8:00
Szegalom (H) 18:30 Hidi Panzio - Etterem
ルーマニアは馬車と大型トラックが道を行き来する。道の状態は非常に悪く、「青く美しきドナウ」も美しい農村も写真を撮る余裕はなかった。砂利に突っ込み転倒。常に工事で渋滞。チャウシェスク時代はもっとひどかったのだろう。コソヴォ以上の地獄がここにある。ハンガリーに入ってだいぶ気候が変わって涼しくなった。
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ルーマニアの田舎
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ルーマニア出国直前のガススタで

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