3500-13-12-2-1

ツーリングの記録等に使おうと思っています。タイトルは最初の記事の3500km, 13日, 12ヶ国, 自動二輪, 空冷単気筒の意。

「正義を行なえば

世界の半分を怒らせる」 〜映画「紅い眼鏡」より。

イスラエル高官、ガザ住民を“ホロコースト”にすると脅す
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/863662/

Apes! Not Monkeys!経由で知ったのですが、イラン・パペという人。イスラエル建国の際の歴史的事実を追求して学会から「追放」されたらしい。さすが軍事国家。パペ氏は世界の半分を怒らせたわけです。

 この間まで軍事独裁政権だった韓国ですが(それと関係あるかどうか知りませんが)、BTJジャーナル2006年第2号に、韓国の幹細胞スキャンダル関連でこんなことが書いてありました。

なぜこのような事態が起こり得たかを考えると、まず研究チームの組織系統が軍隊に近かったという指摘がありますよね。共同研究者の間でまっとうな科学的議論はなされていなかったのでしょう。


 なんというか。命令に絶対服従というのは軍人の美徳なのかも知れませんが、研究者の美徳ではありません。しつけの行き届いた人、と皮肉を言われるか「御用学者」と呼ばれるだけです。「ラボヘッドは研究の大まかな方向性を指示はするけど、生のデータを直接観察するのは君しかいないんだから、君が全力で頭を使わないことにはどうしようもないだろう」と昔先輩に言われたのを思い出しました。

 政治が学問をゆがめる例といえば日本の捕鯨。イスラエルや旧ユーゴスラビアの様に殺し合いが起きているわけでもなければ、韓国の様に論文の捏造と誇大広告で患者をぬか喜びさせているわけでもない、調査名目の捕鯨に使われる税金は年5億円ほどで、これも国家予算全体から見れば大した額ではない、どこまでいってもちっちぇー話です。が、元々争う必然性のなかった捕鯨というジャンルで火のないところに火種を作り、日本の鯨類学の発展を停滞させている様を見ていると何か書かずにはいられないのです。

 お上が文化的価値観を創作して政治的に利用するカラクリを見ていると、どこも程度の差はあれ似たようなものと思ってしまいます。

ぼくたちが法学部政治学科で政治学を学んだのは、人が人を支配する仕組み、権力をつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!


 「野望の王国」の中の台詞です。これの原作者が雁谷哲氏と思うとなお一層味わい深い。というか、雁屋氏のような体制批判的な人すら取り込んでしまうくらい巧妙なカラクリであると絶賛すべきなのかも。

 ドイツ人が自分たちが世界で一番偉いと思うようになるのにも、その悪夢から覚めるのにも(歴史的には)大して時間がかからなかったのと同じように、「捕鯨は日本の文化」と広く信じられるようになったのにもそれほど時間はかかっていません。「民族対立」「宗教対立」と形容されるものは、実は、対立の本質ではないのでは。容易に解決できないものと思わせておくか、本当の理由を隠した方が得策とお上が判断しているのではないでしょうか。パオロ・マッツァリーノはこう言っています。「戦争を始める理由はたったひとつ、金です。

(さらに「お上」と言っても省庁内部や省庁間の対立があるはずなので、一枚岩ではなかろうが。)

合点がいった

これはすごい!

伝統・文化のタネあかし:これが教育基本法の改正か
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-1284.html

伝統は、お上に教えてもらうべきものなのか?


 千本秀樹ってどっかで聞いた名前だな〜、2ちゃんねるの有名人をモデルに漫画を描いた人だっけ?とか思っていたらなんだ、身近にいた先生じゃないか。分野は違うし授業を受けたこともなけりゃ顔を見たこともないけど。部落差別とかを扱っている人ということで名前を聞いたことがあったんだ。

 メル・ギブソンプロデュースによる正しいマヤ文明をお気に召さない人びともいるようですが、個人的には「キル・ビル」を見て日本文化を再発見したこともあるので、クエンティン・タランティーノやメル・ギブソン監修の日本文化ならそれが正しいことにすればいいと思います。少なくともそっちの方が外人ウケはいいはず。

人間の感覚が時代による制約を受ける例としていくつか。
1)品格おじさんのベストセラーについてのコメント。
ブックオフめ!恨むぞよ
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20070129#p1

そして脈絡はよくわからないまま(たぶん氏の美的感覚に照らして美しいから)田園が日本人情緒を生むので農業は保護というどうしょうもない提言が行われます.現在の日本の田園風景*8は戦後の産物です.日本人情緒がなくなった戦後に成立したものが日本人情緒の揺りかごというのはほとんど理解不能な思考法でしょう.食糧安保に意味がないのは拙著で繰り返し指摘しているのでおいときましょう.


 現在の農村風景が戦後に作られたものであるなら、時代劇などで知らず知らずのうちに印象づけられる「昔の風景」も虚構である可能性があります。このような誤解はよくあるもので、「昔の日本人」についてあまり知らない外人が描いた「Moon Princess (= かぐや姫)」の挿絵は非常に奇妙なものです(江戸時代っぽい服を着ている)。こうした歴史の再構築の過程で起こりうるマチガイは、化石動物の復元に際してどのような解釈の歴史があったかを解説してくれている「ワンダフル・ライフ」でも再認識できます。著者のグールド曰く、「科学にも一見無意識の偏見が存在する」。

2)体罰について。「すげい」にしても、記憶力のいい人だよ。
体罰容認発言の橋下知事は戦後の『間違った教育』の申し子?
http://blog.goo.ne.jp/lazybones9/e/c5b0d6cdc0157bedb0601f5df34beb31

3)「福丼県」という表記について
昭和を騒がせた漢字たち
http://yeemar.seesaa.net/article/88418852.html

われわれは、「あるべき日本語の表記」「漢字をどういうふうに書けばいいか」などという大きな議論をするとき、百年後も通用するような不変の論拠に立って論じているつもりでいます。でも、本書を読むと、どの時代にも通用すると思って語っていることが、じつは、まさにその時代だからこそ出てくる意見であることに気づきます。遠い将来を見通したつもりで決定した国語政策が、何年か経つともう見直しを迫られるというのも、われわれが(または役所の人々が)時代の制約を離れてことばを見つめることがむずかしいためでしょう。


4)上岡龍太郎 憲法九条を語る

http://www.youtube.com/watch?v=6aQQz2TzckI
 話の中身ではない。1987年には、トーク番組での喫煙が当たり前だったことの方が今では新鮮な感覚だ。

5)昔の雑誌の文通欄などには本名と住所がばっちり載っているため、エスパー清田の住所もわかる(「UFOと宇宙」ユニバース出版 1980年6月号)。今は匿名性を重んじるため、ペンネーム:ミカエル、27歳、会社員、石川県みたいな表記しかされていないと思う。

ふと思い出したのがこれ。

地域に根ざした食育コンクール2007
http://www.e-kujira.or.jp/topic/eve/08/0126/index.html

まさか南極でとれたクジラなんか食わせたんじゃないだろうな。

千本先生のホームページより

1年生にいつも話すことは「すべてを疑う」ということ。常識だ、あたりまえだと思い込んでいたことが、そうとも限らないと気づいた時の喜びを味わってほしい。大学での勉強と、生き生きとした人生は、そこから始まります。


 捕鯨については思い当たるフシがあります。あれこそ官製文化の典型ですね。お上としては正しい日本文化ということにしたいのでしょう。わずかな期間で「捕鯨は日本の文化」という意識を広範に定着させたのは大成功です。ここで官製文化普及のためのキャンペーンを概観できます。

参考として、非国民通信の記事も。
日本は米国じゃないよ
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/922fa77a7ce80cf8fe8ad0fb0da607d2

テーマ:捕鯨・反捕鯨問題 - ジャンル:政治・経済

陰謀大好き

『21世紀の食糧問題と海の役割』
sohmeikanto.upper.jp/umezaki.pdf

 水産大学校同窓会のサイトにこのような講演記録があります。いやーもう梅崎大先生の講演ですよ。突っ込みどころ満載の。まともなことも言っているはずなんだが突っ込みどころの方が記憶に残ってしまうのです。

調査捕鯨に関しては日本人の中でも非常に誤解があります。「無理やり商業捕鯨が禁止になったんで抜け道をみつけた」と思っている日本人が多いんです。反捕鯨国は「日本はIWCの決定に反対して、調査捕鯨をしている、調査と言いながら取れた肉を市場で堂々と売っている」こう言うんです。こういわれると欧米人の95%は信じ込みます。しかしこれは事実でありますが違法ではありません。


 このあとおなじみの国際捕鯨取締条約第8条の話になるのですが、科学でもなんでも合法というのは当然満たすべき条件で、その上でその目的や手法の妥当性と成果が問われるのですが。「合法だ」と言って説得力が増す研究調査なんて聞いたことがないぞ。

ちょうど8 年前、私の友人が素晴らしい資料を送ってくれたんですよ。Excective Inteligence Review(EIR)というアメリカでは中堅の月刊誌ですが、それに1981 年に載った論文を送ってくれたんです。長い論文です。「環境保護主義者たちの陰謀の断面」というタイトルの論文。私の友人は「これ以外に『The Rockefeller file』とい本も出ている、フリーのジャーナリストのゲイリー・アレンさんという人が書いた、それも読んだほうがいい、もしなかったら送る」と書いて来たんですが、アレンの本は一生懸命探したら、あったんです。日本語訳が、『ロックフェラー帝国の陰謀』、と言う書名で売られていました。この二つを読み合せたら謎が解けたんですね。ゾ〜ッとしました。捕鯨をはじめ、いろんな野生動物の禁止を決めたのはアメリカの東部エスタブリッシメントといわれる、いわゆる政財界の指導者たちです。捕鯨禁止とか環境保護運動は、この人たちの「自己防衛のための世界戦略」と書いてあるんです。


 私もゾ〜ッとしました。「ロックフェラー帝国の陰謀」はアマゾンでも手に入りますが、レビューや商品説明とかでもうお腹いっぱい。Part2の内容はこんなんだそうです。

内容(「BOOK」データベースより)
本書は、これまで日本の学者やジャーナリストがほとんど手をつけてこなかった欧米世界の未知の領域―CFR(外交問題評議会)とその背後にある億万長者の秘密組織がいかに我々に知られることなく国家権力を掌握し、我々の生命と財産を共産主義と全体主義の脅威にさらしてきたかという問題―を大胆に紹介し、我々を平和と秩序の名において恐怖と暗黒の世界にひきずりこもうとする“地獄の軍団”の野望を具体的に明らかにしている。


 シーシェパードも地獄の軍団かなんかですか。鯨類研究所はとんでもない連中を相手に戦っているため、鯨類研究所のトップページも攻撃色に彩られてもはや何の研究所なんだかわからなくなっているのです。南極でシーシェパードと戦うのが目的なのか?さて梅崎大先生の講演に戻りましょう。

この人たちは、肉食民族というのは魚食民族と違って、10 年、30 年、50 年、100 年の単位で物事を考える、と言われています。ですからこの人たちが動物保護、環境保護の面で有色人国家の経済の成長をおさえたい、潰したい、と考えるのは当然です。


 いやぁ、どこから突っ込めばいいのか。お笑いのセンスのある人なら色々いじれるでしょうが、順番に行きます。「肉食民族」「魚食民族」。実に香ばしいキーワードです。念のためgoogle scholarとGeNiiで検索をかけましたが、勿論正確な定義のある言葉ではありません。通常の検索では「魚食民族」でこんなところがヒットしてきます(またこの人か)。比較のために非国民通信の記事を紹介するだけで私は満足です。

そんなことよりカレー食おうぜ
http://blog.goo.ne.jp/rebellion_2006/e/05b976f5abd4e31b570d3f3a55008bbc

 「肉食民族」(いわゆる白人とかアングロサクソンとか呼ばれる人たちのことをさすスラング)は10年、100年の単位でものを考えるそうですが、文脈からみて「魚食民族(=日本人)」は「肉食民族」より短いスパンで物事を考えるということになります。なるほど、クジラや魚の乱獲を続ければ100年後にどうなるか想像できない人たちということであるなら、現実ともマッチしています(魚食大国ノルウェーの漁業管理はうまく行っているそうですが)。そしてまたおなじみの有色人種と白人の対立の話です。

 梅崎先生は、反捕鯨運動はベトナム戦争批判をかわすための陰謀、という説で名を馳せた人ですが、この話が何の根拠もないというのはあんまり知られていないようです。

 真面目な論文では商業捕鯨停止への経緯を論じる過程でベトナム戦争云々なんて話は出てきません。
真田康弘氏による「米国捕鯨政策の転換」
http://www.research.kobe-u.ac.jp/gsics-publication/jics/sanada_14-3.pdf

 わかりやすい解説と陰謀論への極めて常識的な突っ込みはここ。
やる夫で学ぶ近代捕鯨史−番外編−
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa4.htm

 今年も地獄の軍団の手先として反捕鯨の怪文書をばらまいていきたいと思います。君も地獄の軍団の手先に な ら な い か ?

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どうしてそこまで自信過剰なのか

崖っぷちのポモ
http://d.hatena.ne.jp/Dr-Seton/20081203/

ポモ系リベラルは気楽な稼業と来たもんだ〜♪
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20081202/p1

テンプレを踏んでいることに気づかないテンプレ通りの人たち
http://d.hatena.ne.jp/CloseToTheWall/20081205

議論の作法を身につけているからこそ、知識人は公共的なのだ
http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20081202/

♪戯れ男♪
俺は村中で一番 ポモだと言われた男
己惚れのぼせて得意顔 南京の事件を相対化♪

 南京事件についての議論はある程度の蓄積があります(例えばFogel, The Nanjing Massacre in History and Historiography. University of California Press (2000)など)。あった/なかったレベルの点について真面目に調べて正邪を判定できないというなら、確かな資料を探し出し理解するという学者としての基本的な能力を疑われても仕方ないのでは。地球温暖化についても同様です。
http://wiredvision.jp/blog/fujikura/200712/200712281200.html
http://www.geocities.jp/obkdshiroshige/ondanka/ondanka.htm

 簡単に言えば、専門家が集団で認めているのにはそれなりの理由があるってことなんですよ。自分が正しいと思っても、より詳しく知っている人たちが違うと言っているなら、立ち止まって考え直すのが普通だと思うのですが。私は、分子生物学や進化生物学について素人の書いた記事にどこかしら間違いを見つけてしまいますし、逆に私も日々よく間違いをするので(この間の面接で、「Motor Neuron Diseaseについて知っていることを述べろ」と言われてパーキンソン病(PD)の話をしたら「PDはMNDじゃないだろが」と言われた)、少なくとも自分がスティーブン・グールドのような強靭な知性の持ち主ではないことだけはわかっているのですが。

 でまぁ、下の雁屋哲氏のブログを読んで。「狂気のグリーンピース」と題してニュースの中身はシーシェパードだし。MNDとPDの違いがわかっているのか?本当に星川氏の本やGPのサイトを読んだ上でこのようなことを言っているのでしょうか。

狂気のグリーンピース1
http://kariyatetsu.com/nikki/902.php

 科学調査を名目にしている調査捕鯨について、理路整然とその科学的正当性を説明できる第三者的専門家を見たことがないのが、私が捕鯨に反対する根拠なんですが。日本の生物学者のブログをいくつか見たところ、捕鯨のドン、大隅清治先生と血縁関係のある方はまぁおいとくとして、捕鯨に消極的な大御所も割といるようで。

我々はどうしてもザトウクジラを食べなければならないのか
http://shinka3.exblog.jp/7489141/

『商業捕鯨再参入、水産大手3社は否定 「良いことない」』 とは良いことだ
http://blog.goo.ne.jp/lazybones9/e/ca91c773f2efedde608516a30b3b31e8

調査捕鯨をやめるか中断するべき
http://mitsuhiro.exblog.jp/8903503/

 科学に身をおくものなら消極的なのも当然かと。ちょっと調べりゃこれくらいは出てくるもんね。

An Open Letter to the Government of Japan. Briand et al., The New York Times, May 20 (2002)
Japan's whaling plan under scrutiny. Nature 435: 883-884 (2005)
Killing Whales For Science? Science 316: 532-534 (2007)

 捕鯨日本が野蛮?スポーツハンティングとかも充分野蛮かもしれませんが、飢餓でもない国で個人的趣味の範囲を超えて、国民的支持のもと国家が主導して野生の哺乳類を狩る例ってそんなに見あたらないんじゃないかと。おまけに自国の(公式にその存在を認めていない)先住民の文化を「野蛮」だからと廃止させた連中が。

ところで鯨類研究所の理事の一人がこういっているんだが。
http://www.athome-academy.jp/archive/culture/0000000276_02.html

高橋 調査には、当然鯨の捕獲や処理の技術者が必要です。調査を続けることで、食料の流通だけでなく、捕鯨技術の維持にもつながっているといえます。


 クジラの大量捕殺が調査研究目的ではなく鯨肉目的であることを自白しているのです。「テロリストは実力で排除しろ」とネット右翼は怪気炎をあげますが、南極を鯨類保護区とする国際的な取り決めに従わないDQN国家にはそろそろ実力で制裁をするべきと、シーシェパードのボランティアたちも思っていることでしょう。自然公園で動植物の採取が禁止されるのは普通のことです。

 歴史的に見ても、日本は国際社会で伝統的に「捕鯨の問題児」でありつづけたのですよ。広告会社の宣伝のせいで「捕鯨の優等生」という自己イメージが作られていますが。この辺、kknekoさんが解説してくれています。
やる夫で学ぶ近代捕鯨史 番外編
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa1.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa2.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa3.htm
http://chikyu-to-umi.com/kkneko/aa4.htm

沿岸捕鯨には賛成という水産資源学の先生がこんなこと言ってるんですが。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/01/post_278.html

例えば、日本への輸出でヨーロッパウナギが絶滅寸前に追い込まれている。
このことはニュースで大々的に取り上げられたので、知っている人も多いだろう。
よその国の野生生物を絶滅寸前まで追い込んでおきながら、
多くの日本人はウナギが食べられなくなる心配しかしていない。
ヨーロッパの人たちはどう思うだろう?
ウナギを食べていた地方では、ウナギを食べられなくなってしまった。
日本人の乱食による食文化の破壊である。
こういうことをやっていて、日本の食文化を尊重しろと言っても説得力がない。
他国の文化を尊重する心根こそが、文化の本質だろう。


日本と言えばマグロの乱獲でも有名ですね。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2006/12/post_71.html

日本の水産行政のダメさ加減についても色々と。
http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/information/0130/

「自壊するマサバ漁業」「産官学の無責任トライアングル」「漁業復興に”言論の自由”を」「水産庁、水政審とも責任放棄」「税金使い『管理ごっこ』」「官の無誤謬性こそ問題」


一方そのころ蒙昧なる輩はこのビデオを絶賛していた。
http://jp.youtube.com/watch?v=JBvdwTQDxHo

「考えてもみて欲しい」
「捕鯨を続けたい国が種の絶滅を望むだろうか?」
「そんなはずがない!」


 ふーん。してみると日本はウナギとマグロとシシャモの絶滅は望んでいるんですね。「シシャモがなければカペリンを食べればいいじゃない」ってお前はどこのマリー・アントワネットだ!?日本人の感覚ではトキやニホンアシカが絶滅したのも、天然痘の撲滅同様、人類の功績に分類されるのです。外人が捕鯨にこだわる日本人を理解できないのも無理はありません。私にもわかりません。

http://kaiseki.ori.u-tokyo.ac.jp/~katukawa/blog/2008/12/post_428.html

また、私だって、最初から、水産庁の批判をしていたわけではありません。
今と同じようなことを、何年もソフトに主張してきました。でも、何も変わりませんでした。
数人の鼻がきく行政官が「言い訳」の準備をしただけです。
北海道の日本海側のスケトウダラが減少し、全く歯止めがかかっていません。
ニシンに続き、スケトウダラも崩壊したら、北海道の日本海側は危機的な状況になります。
マイワシは史上最低水準でなお強い漁獲にさらされているし、
サバの回復の芽をつみ、日本市場はノルウェーサバに席巻されています。
漁業者も、行政も、研究者も、徐々に変化をしていますが、現状ではあまりにも遅すぎます。
こういう状況で私に残された選択肢は外圧となり、変わらざるを得ない状況を作ることのみでした。

水産という閉鎖社会のなかで、一研究者が、役所や業界団体を批判するのは、容易なことではありません。
おもしろ半分にできることではなく、将来のキャリアを投げ出す覚悟でやってきました。
欧米のように、行政官が研究者の意見を尊重していれば、こんなことはしないですんだのです。
批判される側にはおもしろくないと思いますが、仕方がないことです。


 雁屋氏は日本人としてこれらのことに「罪を感じて」いるのでしょうか(美味しんぼは全部読んでいないのですが、こうした問題をどこかで扱っていると期待します)。一人二人がベジタリアンになったところで問題解決にはならないかもしれませんが、人口の一定数がベジタリアンであれば問題は軽減されます。全員が動物性タンパクの摂取をおさえるか、ベジタリアンになればかなりの軽減が期待できます。肉や魚を食い続けるよりは遥かにマシな態度といえましょう。

http://kariyatetsu.com/kosodate/210.php

しかも、1980年代に入って、日本の社会は急速に体制服従的になってきた。


 その一端が必要のない国際摩擦を引き起こす捕鯨万歳の姿勢なのだ、ということに気がつかないのでしょうか。捕鯨をめぐる無益な争いは充分避けうるものです。

日本の捕鯨外交を問い直す
www2s.biglobe.ne.jp/~stars/pdf/Ishii_Okubo_JIWLP_J.pdf

無軌道な3K新聞編集長
http://blog.goo.ne.jp/flagburner/e/f71895792aaff206cc3c906389f04905

 勝川先生にしろ粕谷先生にしろ、職務に忠実なのはしんどいことだけど美しいことだと思います。今までだらけきっていた我が身を痛切に反省し、研究者としての職務に邁進する所存です。

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Plagiarism覚え書き

「研究者の行動規範」に反応する学生たちの心
http://shyosei.cocolog-nifty.com/shyoseilog/2008/06/14_c713.html

 学生のレポートを読んで思ったことなど。要約と論評の区別がつかないのは読書感想文なのに本のあらすじしか書いていないのと同じようなものでしょうし、それと比べれば確かにこのレポートの体裁は整っていますが、まだまだ改良の余地があるな、と。

 ひとまず本件から離れて学生レポート全般にまつわる一般的な問題を見てみましょう。

これは「犯罪」である
http://takayak.moe-nifty.com/episode2/2007/01/post_9440.html

wikipediaからコピペしたレポート
http://d.hatena.ne.jp/goito-mineral/20080910


実は海外でもこういったレポート販売サイトがあり、問題になっているようです。
http://www.academon.com/
http://www.library.ualberta.ca/guides/plagiarism/papermills/index.cfm

 「友達のレポート丸写し」とかは、もはや注意だけで済まされる問題では無くなっており、一流大学なら単位認定取り消しや退学、さらに卒業認定取り消しもあり得るようです。学生でない人びとの剽窃・盗用についてはどうでしょうか。ちょっと思い出すだけでもこのようなものがあります。

「村山談話は間違った歴史認識」と言ってる人達の知識はこの程度です。
http://d.hatena.ne.jp/dj19/20081119

『「パクリ・盗作」スキャンダル事件史』で唐沢俊一のことが取り上げられていた。
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20081218

「ゴールドラッシュとカニバル(人肉食い)」パクリ対応表。
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20081008

他人のHP 丸写し海外視察報告 公明党 こっそり撤回
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-03-15/2007031504_04_0.html

ネット検索「ドンピシャリ」盗作判明 公明党福岡市議団の海外視察報告書
http://www.j-cast.com/2007/03/16006236.html

盗作の境界はどこ「科学史から消された女性たち」事件
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-258.html

 学生だけが厳しく罰せられるのも不公平なのでこうした人びともそれなりに罰せられるべきでしょう。ところで、「丸写し」は論外としても、引用文献を明記した上で酷似した文章を書くのはどうなんでしょう?剽窃、盗作に関連した記事を読んでみると、それもダメみたい。

科学者のための法律相談、承り本
http://ep.blog12.fc2.com/blog-entry-823.html

お、この言い回しは使えるぞ!
え?このくだりは昔自分が書いたものではなかったか?
 語り口のうまい他人の論文のスタイルを盗む科学者たち


実際、論文において英語表現の盗用が問題になったケースがあります。
Turkish physicists face accusations of plagiarism
Brumfiel, Nature 449: 8 (2007)

非英語国民の心の叫び。
Plagiarism? No, we're just borrowing better English
Yilmaz, Nature 449: 658 (2007)

 いやまぁ、実際に読んでみると英語の問題だけじゃないみたいなんだけどさ。教育過程に於ける剽窃の防止には腐心しているようです。

E-Cheating: Electronic Plagiarism
Schiller, Journal of the American Dietetic Association 105: 1058-1061 (2005)

では以下のサイトなど紹介しつつ、複数のソースにあたり、物事を自分の言葉で表現しろと学生に説いています。(2番目のアルバータ大学のが特に親切)

http://www.web-miner.com/plagiarism
http://www.library.ualberta.ca/guides/plagiarism/why/index.cfm
http://www.antiplagiarism.com/

Learn how to paraphrase. Accept the aphorism that research papers should contain few direct quotes. Use the library for books and journal articles on your topic. Don’t limit your search to online sources. Remember that plagiarism is a crime. (Schiller, 2005)


 上の様にまるっと引用するのは楽なのと誤訳や不正確な要約を避けられるので私もブログではよくやりますが、実際の学術論文ではよっぽど重要なフレーズでない限りありえません。将来卒業論文を書く気があるのなら、授業のレポートは、まるっと引用で済まさずきちんと自分の言葉で書くようにしましょう。辞書を作る人も古い辞書のコピペで済ませているわけではありません。

 ようやく本題ですが、件の学生レポートの改良点の一つがここです。各個の事例についてネット上のソースを一つ挙げていますが、要約とソースが酷似しています。これは結構アウトなのでは。複数の情報源にあたり、それらを読んだ上で自分の言葉で事件の概要をまとめるようにすれば大分良くなるでしょう。あと、ネットのソースは出来るだけ公的なものを選ぶこと。韓国の例では、ネイチャーのサイトが良いでしょう。
http://www.nature.com/news/specials/hwang/index.html

 レポートにある各事件についての論評は凡庸の一言につきます(ここでも記述がソースと類似している部分がある)。勿論、研究の実際を知らない学生たちに5号館のつぶやきのような大胆なアイデアを求めるのは無理難題ですし、私自身も各事件について細切れに論評しろと言われると同じような事しか言えません。ただ、日本で同時多発的に起きた捏造と、韓国の生命科学会を広く巻き込んだスキャンダルを比較するなどすれば、もう少し面白い論評が出来るのではないでしょうか。政治が科学を腐敗させた例としてルイセンコ事件、韓国幹細胞スキャンダル、調査捕鯨などがあります。飲酒運転は良くないといくら言ってもやる奴は後を絶ちません。それにどう対処するかを真剣に考えると色々なデータが気になりだし、道徳の問題だけで終わらなくなるのと同様です。正直、倫理や道徳の訓話は聞き飽きました。

 一次稿はこんなものとして、改善すべき点を指摘してもう一度練り直すとかなり良いものが出来ると思います。テーマ自体が面白いのでもっと時間をかけられれば良いのですが。

おまけ:
 筑波大学の例では、長教授は「不当解雇」と抗弁しています。東大のRNA研究捏造事件も裁判になっていたはずですが、その辺どうなっているのでしょうか。
http://www.cho-teruji.org/

参考:
これでは核融合研究より農業再生を
http://blog.goo.ne.jp/lazybones9/e/088157c06f1afec0050f12eda9b233c2 【“Plagiarism覚え書き”の続きを読む】
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