イスラエル高官、ガザ住民を“ホロコースト”にすると脅す
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Apes! Not Monkeys!経由で知ったのですが、イラン・パペという人。イスラエル建国の際の歴史的事実を追求して学会から「追放」されたらしい。さすが軍事国家。パペ氏は世界の半分を怒らせたわけです。
この間まで軍事独裁政権だった韓国ですが(それと関係あるかどうか知りませんが)、BTJジャーナル2006年第2号に、韓国の幹細胞スキャンダル関連でこんなことが書いてありました。
なぜこのような事態が起こり得たかを考えると、まず研究チームの組織系統が軍隊に近かったという指摘がありますよね。共同研究者の間でまっとうな科学的議論はなされていなかったのでしょう。
なんというか。命令に絶対服従というのは軍人の美徳なのかも知れませんが、研究者の美徳ではありません。しつけの行き届いた人、と皮肉を言われるか「御用学者」と呼ばれるだけです。「ラボヘッドは研究の大まかな方向性を指示はするけど、生のデータを直接観察するのは君しかいないんだから、君が全力で頭を使わないことにはどうしようもないだろう」と昔先輩に言われたのを思い出しました。
政治が学問をゆがめる例といえば日本の捕鯨。イスラエルや旧ユーゴスラビアの様に殺し合いが起きているわけでもなければ、韓国の様に論文の捏造と誇大広告で患者をぬか喜びさせているわけでもない、調査名目の捕鯨に使われる税金は年5億円ほどで、これも国家予算全体から見れば大した額ではない、どこまでいってもちっちぇー話です。が、元々争う必然性のなかった捕鯨というジャンルで火のないところに火種を作り、日本の鯨類学の発展を停滞させている様を見ていると何か書かずにはいられないのです。
お上が文化的価値観を創作して政治的に利用するカラクリを見ていると、どこも程度の差はあれ似たようなものと思ってしまいます。
ぼくたちが法学部政治学科で政治学を学んだのは、人が人を支配する仕組み、権力をつかむための方法を学ぶためだったといっていいでしょう!
「野望の王国」の中の台詞です。これの原作者が雁谷哲氏と思うとなお一層味わい深い。というか、雁屋氏のような体制批判的な人すら取り込んでしまうくらい巧妙なカラクリであると絶賛すべきなのかも。
ドイツ人が自分たちが世界で一番偉いと思うようになるのにも、その悪夢から覚めるのにも(歴史的には)大して時間がかからなかったのと同じように、「捕鯨は日本の文化」と広く信じられるようになったのにもそれほど時間はかかっていません。「民族対立」「宗教対立」と形容されるものは、実は、対立の本質ではないのでは。容易に解決できないものと思わせておくか、本当の理由を隠した方が得策とお上が判断しているのではないでしょうか。パオロ・マッツァリーノはこう言っています。「戦争を始める理由はたったひとつ、金です。」
(さらに「お上」と言っても省庁内部や省庁間の対立があるはずなので、一枚岩ではなかろうが。)

